凶戦士は魔王様を倒したい

魔王軍に入る前、あーしはちょっとやんちゃだった。体と同じくらいの金棒をぶん回して、ひたすら破壊。真っ二つに折れる木やぐちゃぐちゃに潰れる魔族、ちっちゃい頃から壊すことしかできなかったあーしはひたすらそれを楽しんでた。鬼という種族は他の魔族より体が大きくなりやすいが、あーしはその中でも少し頭抜けてデカかった。魔族ってのは基本長生きで、成長もその分人間よりは遅い。けど何でか知らないがあーしは生まれて十年も経たずに親の身長を越していた。力だってそれに伴ってどんどん強くなる。両親は手に負えなくなったのか、ある日突然家に帰るとそこはもぬけの殻だった。同世代の奴らと比べて一際頭の悪かったあーしは捨てられたのだと気づかずにしばらく一人で過ごした。魔族は基本的にご飯を食べない。魔力が豊富に満ちている土地柄、生活しているだけで勝手に体が魔力を吸収しているらしい。体に巡る十分な魔力があれば生命を維持できるからだとか何とか。よく分かんねえけど、あーしの体はすんげえ燃費が悪くって、口からも魔力を摂取してないと力が思うように出せなくなる。だからよくそこら辺にいる魔物を狩っては沢山食ってた。魔物はただの動物が魔力を体に取り込んだ奴らだ。食えば食うほど力が漲る気がした。


けど魔物を狩っていたある日、あーしの生活が一変する出来事が起きた。狩った獲物を食ってたら、何だかワーワーうるせえ奴がやってきた。何でもそいつのペットだかが逃げ出して、運悪くあーしがそいつを殺してしまったらしい。魔物は元が動物だから、金のある奴はペットとして飼うこともあるらしい。そんなのあーしは知らねえ。逃げたのはお前の責任だろっつったのに、相手はこっちの話を碌に聞きもしない。段々イラついてきた時、向こうがいきなり魔法を使ってきた。こんな森の中で、よりにもよって火の魔法?こいつあーしより馬鹿なんじゃねえかって本気で思った。火事なんて起きたら大変だ。とにかくこいつを止めないとって、あーしはそいつに襲いかかった。こっちが反撃してきたのにビビったのか、やたらめったらに魔法を放ち出した。どうにか武器の届く範囲内まで近づいた時、適当に放たれたであろう魔法が右足に直撃した。大火傷もいいところ、繋がってんのが不思議な嫌いだった。それを見たあいつは自分が有利になったと知って集中的にこっちに打ち出した。死なないために必死になって避けて避けて、右足の感覚が無くなりそうで、それでもとにかく動いた。やらなきゃ、やられる。そう思った時には体が勝手に向こうに近づいて、こっちに来た魔法は全部薙ぎ払って、そのままの勢いで思い切り金棒を振り抜いた。ようやく魔法が止んだと思った。生きてる。右足はだいぶやばいし動きすぎて魔力切れを起こしかけているけど、あーしはやったんだ。しばらく息を整えてたら、そいつの死体がバラバラと粉みたいになっていった。瞬間その場の魔力が一気に濃くなった。体がどんどん楽になる。所々負っていた傷だけじゃなくて右足も、まるでさっきのことが嘘みたいに火傷の跡が綺麗さっぱり消えていた。何より過去最高潮に気分が良い。知らなかった。魔族を倒したら、その体の内にあった魔力が放出されるなんて。

こんな、こんなの。


「魔物狩って食うより断然良いじゃん!」


魔物を食って魔力を得るには結構食べないとそこまで腹は膨れない。けど魔族は一体殺しただけでこんなに腹は一杯になるし、気分だって良くなる。良いことづくしじゃないか。その日からあーしは魔族狩りを始めた。森の中、一体だけで行動してる奴を狙って殺す。しばらくやってて分かってきたことがある。殺した時に出る魔力は個体差がある。出た魔力は時間が経てば薄れるが、無くなったりしない。おかげであーしがいる森はそこらじゅうに濃い魔力が漂っていて、とても過ごし易くなった。でも最近森に魔族が入ってこなくなった。恐らくあーしのやってることが噂になってるんだと思う。入ってきても必ず三体程度の集団でくる奴が多くなった。そこであーしは閃いた。魔物を狩る時にやってたみたいに、罠を仕掛けよう。引っかかったところを襲えば複数いても問題ないだろう。手始めに、よく使われる道のところにいくつか仕掛けてみた。魔物用じゃ小さいからサイズを大っきくして、いざ実践だ。ロープや草を使ったそれを魔法で軽く隠蔽してみれば面白いくらいに引っかかる。


なんだけどそもそもあーしは強いから相手が複数いてもそこまで苦のならないことも分かった。罠もしばらくすれば作るのがめんどくさくなって結局不意打ちで襲い掛かるようになっていった。あーしのいるこの森は魔族の領地でいうとちょうど真ん中。我ながらなんて良い場所だろうと思った。この頃あーしは魔族を殺すのに楽しさを見出していた。というより戦うことに。今日はどんな奴が来るかな、どうやれば良いかな、そんなことばっかり考えてた。子供がやるチャンバラみたいな感覚で戦ってたんだ。見た目がデカくても中身は幼稚。親に捨てられてからそれなりに経ったけど、精神的な部分は成長しないまま、そしてそれを誰にも咎められないまま。何が良いのか悪いのかなんて分かんないんだ。


そんなあーしの運命の日。

悪い子には天罰が下るもんだ。それはあーしにも例外なくやってきた。あまりにも魔族を殺しすぎたせいで、あーしはいわゆる指名手配。森にたくさんの兵士的なのがやってきた。そんなこともよく知らないあーしは、何だか今日はいっぱい獲物がいるなあ、なんて呑気に思ってた。当然全員ぶっ殺した。この時のあーしは森の中を完全に把握していて、複数を相手する時の最適な動きというのが身についていた。兵士っつっても統率は全然取れてねえし、普段燃費が悪いから使わない魔法も大量に魔族がいる状況だったらすぐ殺せば魔力不足なんて起きやしない。あっという間に軍隊丸ごと粉々にして、めちゃめちゃに気分が良かった。それでも何でこんなにいっぺんに魔族がやってきたのかちょっと不思議だった。それもすぐ分かることだったけど。


「噂の魔族殺しってのは伊達じゃなかったらしい。正直言って驚いてるよ。まさか皆んなやられるとは思っていなかった」


突然声が聞こえて振り返る。まだ魔族がいたらしい。頭の悪いあーしでも分かった。見たことないし、何となくしか知らないけど、この人が魔王だって。今まで会った誰よりも全身から魔力が溢れ出ている。何より、あーしよりも全然ちっちゃいのに、まるで大きな山を相手にしていると錯覚を起こしてしまいそうな、そんな感じ。これは強い。こんなに強い魔族を殺したら、一体どれくらいの魔力が出るんだろう?きっとあーしが寿命で死んだって薄れやしない大量の魔力に違いない。


「魔族を殺す理由を聞いても良いか?」

「殺したら魔力が出るから。あーしは燃費がすこぶる悪いんだ。こうでもしないと生きてけねえ、それに」

「それに?」

「戦うのが楽しい、壊すのが楽しい、殺すのが楽しい、だからやった。楽しいことやってそれが生きることにも繋がるなんて最高だよな?」

「殺された者の気持ちは考えたことないのか?」

「そんなの考えてどうなるんだ?腹は膨れねえぞ」

「そうか。それじゃあ、殺されるのが自分だったらどうだ?」

「死にたくねーから抵抗する」

「何で死にたくないんだ?」

「何で?」


死にたくない理由なんて考えたことねえ。今まで生きることに必死だったし楽しいことだけ考えてれば良かったし。


「分かんねえ、そんなこと考えたことねえ」

「分からないか。じゃあ教えてあげよう」


魔王はそう言った瞬間あーしはぶっ飛ばされていた。突然の事に驚いたが、頭より先に体が動いた。すぐ体を捻って横にそらす。するとさっきまでいた場所がまるで空間ごと歪んでるように、いや実際に歪んでる。一体なんだありゃ。


「よく避けたね。やはり戦闘センスはピカイチだ」

「くそっ」


次から次へと魔法が飛んでくる。どれも避けるのに手一杯で反撃の隙なんてありゃしない。全部当たれば死ぬって直感でわかるようなやつばっかりだった。かするのでさえ許されない、相手が魔力切れを起こすのを待とうにもここはさっき自分が殺した魔族の魔力だらけで望みは薄い。そんなことよりも先に自分が死ぬ。


死ぬ、死ぬ、死ぬ。死にたくない!怖い!

それは初めて魔族を殺した時以来の感情だった。そうだ、怖かったんだ。もうずっとあーしは殺す側だったから、殺される側に立つことがなかったからすっかり忘れてた。死ぬのは怖い。やられなきゃやられる。だから魔族を殺したんだ。殺さなきゃ、魔王を殺さないと自分が殺される!

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