研究者は魔王様を知りたい2

魔王様が吸血鬼であると知ったあの日以降、僕の魔王様への知りたいという気持ちは膨れ上がる一方だった。取り敢えず観察でもしようと決めたは良いもののいかんせん上手くいかない。遠目で観察しようにも、いくら気配を遮断する魔法を使ったって必ずバレる。だから僕は新しい魔法を作ることにした。実験室といった遠く離れた場所からでも異なる場所を相手にバレないように見る魔法。完成させるのに一週間かそこらと思いの外時間がかかったが、試運転の際には上手くいっていた。場所も時間も相手もランダムで、特に苦情など来ていないことやそれとなく尋ねた時の感覚からバレていないことが分かった。僕は実際に使ってみることにした。まずは魔王様を見つけるところからだ。それはすぐに見つかった。どうやら玉座に座って何やら話を聞いている様子だった。話の内容はどうでも良かったのでしばし観察を続けていた。いつ見たって美しいその見た目に当初の目的を若干忘れかけた頃に、どうやら話が終わったらしくその場には玉座に座ったままの魔王様だけが残った。もう用が無いはずなのにいつまでも動かないことに疑問を抱いた時伏し目がちだったその目がハッキリとこちらを見つめ返してきた。バッチリ目が合う。僕は驚きのあまりえっと声が漏れた。


「お前か?また何か面白そうなことをやっているな。いきなり変な感覚がしたから流石の私も驚いたぞ」

「フツーに看破しといてその態度はなく無いっすか?」


聞こえるはずもない独り言だって言いたくなる。これじゃあ失敗だ。魔王様に気づかれるんじゃ意味がない。さっさと魔法を解除して他の手はないかと考える。ダメなら違う魔法を作れば良いの精神で僕はひたすら試し続けた。


結果は惨敗。

流石の自己肯定感MAXな僕だってここまで自分の力が通用しなかったらヘコむ。ここまで来ると当初の目的なんか忘れてひたすら魔王様をに気づかれないで観察する魔法を作り出す事に意地になっていた。もう打つ手もなくなってきて部屋の隅でいじけていた時だった。魔王様が僕の部屋にやってきたのだ。僕が普段居座っているこの実験室は実験中に誰にも邪魔されないように扉には厳重にロックがかけられている。それは物理的にも魔法的にもあり得ない数のものが、だ。もう僕の心はズタボロだった。自信作だった魔法は悉く見破られ、挙げ句の果てには生きていた半分ほどを費やしたであろう閉鎖の魔法だって当たり前に解除されたのだ。何だか急に情けなくなって涙が出てきた。


「おいおい、急にどうした?勝手に部屋に入ったのは悪いと思っているが、そこまで嫌がられるとは思っていなかったぞ」


珍しく焦った顔。僕の目の前をオロオロした後に近くで跪いて背中を撫で出した。泣きたいわけじゃないしこんなみっともない姿を魔王様に見られたくなかった僕はどんどん体を縮こませる。


「なに、何だか最近お前の様子がおかしいと思ってな。おそらく私に関すものだろうと思って直接話を聞きに来たのだが、すまない。こういうのは不慣れでな。来たわいいがなんと声を掛ければいいのか分からないんだ」


チラッと顔を覗いてみると本当に困ったような顔をしていた。なんだか今日は初めてみる顔が多いなと思った時、さっきまでまるで何かに追いつけられるように急いていた心が急速に落ち着いていくのを感じた。自分でさえも突然の変化に驚いていると魔王様がまた話し始める。


「私は、みんな幸せに過ごして欲しいんだ。どの種族、どの役職に関わらず平等であって欲しいと思ってる。私は魔王だなんて言われているが、お前たちと同じ魔族であるし、少し他より長生きだってことでまとめ役をやっているだけなんだ。何か不安があるなら言ってくれ。やって欲しい事があれば出来る限り叶えてやる。私がおかしいと思ったならおかしいと言って欲しい。話し合いが出来るうちはそれで済ませられれば何よりなんだ」


もうこの時には僕の涙は止まっていて、真剣に語っている魔王様の言葉をただ聞いていた。いやに言葉に熱が入っていて、そして僕はなんとなく思った。この方は、強い。勝てるイメージは全く出来ないし、魔法だってきっと僕が知らないものをたくさん習得してきただろう。反面、なんだか無性に支えてあげなければと思った。この期間、僕はただ失敗を繰り返していただけではない。ちゃんと観察も行っていた。そうして魔王様を知れば知るほどに、どうしてか分からないけど彼女が寂しそうに見えたのだ。誰かしらが周りにいるのに何だかひとりぼっちみたいだった。今、先ほどの魔王様の言葉を聞いて僕は彼女に対して認識を改めるべきではないかと思った。僕は何だか魔王だなんて呼び名が彼女に相応しくない気がしてきた。恐ろしい見た目をしているわけでも、暴力的な性格でもない、ただ誰よりも長く生きてるだけの一魔族。そう思えば人間から最悪の魔王だ何だとレッテルを貼られているのにひどく腹が立ってきた。彼女はそんな恐ろしいものではない。むしろ、神々しさすら感じられるその見た目と分け隔てない優しさを持つ彼女はもっともっと誰もに愛されるべきだ。今の魔王軍の多くは魔王様に対して尊敬だったりちょっとした畏怖を持っていたりと、愛には程遠い。だから僕が、誰よりも彼女を愛さなくてはと思った。今日はいろんな顔を見れた。まだまだ彼女について知らないことも多いだろうが、知れば知るほど愛が増すと思えば良いものだ。そうして沢山愛を与えて、あんな寂しそうな顔をなんて二度としなくなればいいと思った。


「魔王様、すみません。もう大丈夫です」

「本当か?何も私に言うことは無いか?何を言っても私はそれで咎めるようなことはしない」

「本当に大丈夫です。もう解決しましたから」

「そうか、なら良かった」

「あっでも一つだけ、言いたい事がありました」

「話せ話せ、遠慮はいらん」

「魔王様、愛してます」

「は?」


時が止まったかのように動かなくなる魔王様の姿に、また知らないところを一つ知れたと僕は満足した。

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