研究者は魔王様を知りたい
今日も僕の魔王様は美しい。
一目見た瞬間から心を奪われ、部下として過ごしていけばその見た目だけでなく心まで輝かしい事を知った。僕はあのお方を一生推していくと決意した。
まだ逸れの魔族で魔王軍に所属していなかった頃、ちょうどあの時は自分で作った魔族もどきを試そうと外に出ていた。僕は他の魔族よりも知的好奇心が旺盛で思いついたことや疑問に思ったことはすぐに実験で試した。そんな僕が魔族もどきを作っていたのは「僕の考えた最強の魔族」を作ろうと思ったからだ。作り出した魔族もどきを取り敢えず魔王軍に送り込んでみた。だって最強ってことは誰にも負けないってことだ。魔王というのは魔族の中でも最強らしい。つまりそれを倒せば最強ってことだ。ついでに様子を見るために少し離れたところで僕もついていった。初めは順調だった。バンバンどでかい魔法を使っても倒れないあたり効率的に魔力を吸収するように練り込んだ魔力管はきちんと働いていたようだ。近くにいた魔族は大パニックになっていて逃げる者や戦おうとする者もすぐ死んでいった。このまま魔王まで倒しちゃんじゃないか、やっぱり僕って天才だな、と思っていたその瞬間。
空から何かがやってきた。ゾワっとした。体が竦んで動かない。本能でそれは相手にしてはいけない者だと分かった。気づけば僕の作った魔族もどきはグシャっと音を立てて原型が分からないほどに潰れていた。それを行なったであろう何かがこちらのやってきた。やっとの思いで顔を上げた僕は、これだ、と思った。
後光が差してキラキラ輝いている長い銀髪を風にたなびかせて真っ赤な目でこちらをじっと見つめる彼女に一目惚れした。僕はさっきまで何が起こっていたかなんてさっぱり忘れてただ見惚れていた。美しいだけじゃない。彼女が放つ絶対に勝てない存在だと思い知らせてくるようなその圧が、僕が求めていた最強の魔族そのものだと感じた。しばらくそのまま見上げていたら彼女の方から話しかけてきた。
「あれを寄越したのはお前か?」
一瞬話しかけられているのに気付かず一拍遅れて返事をする。
「そうです。どうでしたか?」
分かりきったことだと思ったが、それでも一製作者として自分の作った物の感想が聞きたかった。
「並の魔族であれば手に負えない物だったろう。現に私がいなければ魔王軍は全滅とは言わずとも半壊程度には追い込まれていたかもしれない。だがあまり耐久性が無かったな。ただ魔法を使えば良いというのではなく自分が攻撃されることも視野に入れなければ」
淡々と述べられる感想に次々と浮かぶのは大量の改善案。それならば体を構成していた材料を変えようか、思考パターンの組み替えも必要だな、より効率的な魔力の吸収もとい魔力管の配置を考えているとこれまた彼女に話しかけられて思考を一旦中止する。
「しかしながら中々な出来だった。お前がどういう意図でこんな事をしたのかは知らないが、どうだ?うちに入ってみないか?」
正直にいうとこんないきなり襲撃を仕掛けてきたよく分からない奴に言われるのもなんだと思うが彼女の思考回路は中々だと思う。とても面白そうだと思ったし、何より彼女をもっと知りたかった。返事なんて一つしかない。
「ええ、よろしくお願いします。僕はラテリア、貴女は?」
「私はモネチア、ここでは魔王と呼ばれているな」
そう言って差し出された手を握り返す。この時既に先程の圧のような物は消えていて、ああ、彼女に受け入れられたのだと直感的に思った。
それから僕は魔王様の部下として働くことになった。働くと言ってもやってることは前と何も変わらない。前より豪華になった実験室に頼めば貰える欲しい材料、やりたい事をやりたいようにやっているだけなのが少し申し訳なくなってきて魔王様に聞いてみたことがある。
「本当に僕がやりたいことだけやってえ良いんですか?材料とかあの実験室も無償で使わせてもらってるのに」
「かまわない。お前は仕事に縛られるより自由にしていたほうがやりやすいだろう?それとも、仕事が欲しいか?そうなら何かしらよこそう」
「いいえ、確かにそうですね」
まあなんとも部下思いな魔王様だと思った。たった少ししか過ごしていないのに、もう僕の心を掴んで離さないあのお方は、普段あまり実験室から出ない僕がごく稀に部屋を出た時に聞く魔族たちからの評判でも悪い物は一切聞いたことがないくらいだ。
その日は新たな実験をしている日だった。最近の僕は最強の魔族を作り出すことはやめて既存の魔族の力をどこまで引き延ばせるのかに目を付けていた。魔王軍に入って様々な種族で実験出来るのが有り難かった。これが思いの外上手くいった。主に身体能力の向上、魔力管の増加が見込めるその薬は効果の短さや服薬後の副作用が少し気になったが短期決戦などで使い易い仕様になった。これは魔王様の目にも止まったようで直々にお褒めの言葉をもらった。
「お前が最近開発した薬、素晴らしいものと聞いた。やはり私が見込んだだけあるようだ。今後も欲しい材料などあればいくらでも用意するから好きなようにやると良い」
「あれもまだまだ改善点が多くありますがお褒めに預かり光栄です」
「そこまで畏まらなくて良い」
ふっと笑って口角を少し緩ませたその顔を見た時、グッと心臓を掴まれた気がした。動悸が止まらない。一体これは何だ?好奇心旺盛な僕はこの動悸の正体を知りたかった。だけれどそれ以上にもう一度あの顔を見たいという欲求も強かった。成果を出せば、またあの顔が見られるのだろうか?魔王様が去った後もしばらくその顔が頭から離れなかった。そこからしばらくの間ひたすら魔族に関する実験ばかりしていた。僕自身が元々魔族という者に興味と疑問が尽きなかったのもあるが、やはり一番はまたあの顔を見たいという下心があった。そうして実験をして、成果を出してまた実験と繰り返している時、ふと思った。魔王様の種族って一体なんだ?見た目でわかりやすい羽や角が生えていないことから鬼や竜、エルフといった種でないことはわかる。当然全身は毛で覆われていないから獣人でもないだろう。背丈だって僕より全然おっきいからドワーフでもない。もしや僕と同じサキュバス?それにしては同族特有の雰囲気を感じられない。気になる。気になって仕方がないので聞いてみよう。僕は実験室を出て魔王様がいるであろう場所を巡ってみた。探すついでに見かけた魔族に魔王様の種族について知らないかと聞いてみたが全員知らなかった。皆んな質問された時、一瞬驚いて、まるでそんなこと考えたこともなかったと言っているようだった。ここまで来ると僕の好奇心は止められない。一段とやる気を出して魔王様を探すと、ようやく廊下でどこかに向かっているところを見つけた。声をかけようと後ろから近づいたら、話しかける前にこちらに振り向かれた。
「どうした、何か用か?」
一瞬驚いたが魔王様はこういう方なので取り敢えず聞きたかった事を聞いてみた。
「魔王様の種族って何ですか?」
「種族?そんな事を聞かれたのは初めてだ」
「ええ、ふと気になったもので」
「そうだな。お前に言って伝わるかどうか分からないが吸血鬼だ。今では私しか存在しない種族だ」
「吸血鬼。どう言った種族なのですか?」
「特徴で言えば他者の血を吸う事で魔力を吸収できる事だろうか。ほら、犬歯の所が鋭くなっているだろ。これで皮膚に穴をあけて血を吸うんだ。私はやった事がないけどな」
「どうしてやらないんですか?相手の魔力を奪えるなんて凄いじゃないですか」
「そんな事をする必要がないからだ。吸血して魔力を得なくてはいけないほど枯渇する様なことになった事が無い上に、ただでさえ魔力吸収率の悪い今の魔族から奪うのは可哀想だろう」
「なるほど」
「聞きたかったのはこれだけか?」
「はい、お答え頂きありがとうございました」
「別に良い。お前のその好奇心は見ていて面白いからな」
そうして彼女はふっと笑った。あの人同じ顔だった。僕が見たくてたまらなかったあの顔だ。
「それでは、この後少し用があるんだ。お前の実験結果が良いものであるように祈っておくよ」
そう言ってさっさと歩いて行った彼女の背を見た後どうやって実験室に戻ってきたのかの記憶が無かった。やっぱりあの顔が僕の何かを狂わせている。魅了の魔法でも使われているんじゃ無いかと思ってしまうほどだ。もっともっと魔王様のことを知りたい。誰も知らないようなことを僕だけが知っていたい。そんな欲求が芽生えるのだって、きっとあの顔のせいだ。
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