愛させて、魔王様!

明らかなアキラ

魔王様は平和でいたい

これはとある世界、人間たちに最も恐れられている魔王様のお話。いずれ現れる勇者に撃ち倒される未来もあるかもしれない。しかし、それは今ではない。


その世界では、現在魔族と人間が分かれた土地で過ごし、またお互いに警戒し合っていた。魔族は魔力の満ちた極寒の狭い土地で、人間は温かくまた広大な土地で、昔から折り合いのつかないまま何十、何百、何千年と睨み合ったままだ。途中で小さな手の出し合いも合ったがまだ大きな爆発は起きていない。しかしどちらもいつ「それ」が起きても良いように虎視眈々と準備を進めている今日この頃。


その日魔王軍では怒号に近しい声が響いていた。


煌びやかな玉座に座る彼女は、何やら物憂げに目の前で繰り広げられる不毛な争いを見ていてた。腰まである透き通るような銀髪、スレンダーな体型に不健康にも見える真っ白な肌。玉座に右腕を肘かけて頬杖をつくのが誰よりも様になる彼女は、どうやって声を掛けようか悩んでいた。


「やっぱりこのメンツで魔王様と子を持つなら僕しかあり得なくないですか?ほら、僕って優秀ですしい?」

「何言ってんの?あーしに決まってっしょ。あんた碌に部屋に篭ってばっかで戦いとかダメダメじゃん。弱っちい子供しか生まれねえよ」

「先程から貴女たちは何を言っているんですか。マッドサイエンティストに脳筋バカ、それらと比べるまでも無く魔王様のお側で仕えてきた私こそが相応しいのです」


彼女たちは同じ話題でかれこれ1時間は話し合いを続けている。いや、これは話し合いなのか?だんだんヒートアップして手を出すのも時間の問題だろう彼女たち。現実を見たくないあまりにまるで他人事のように傍観者に徹していたがそろそろ終わらせないと、先程から部下たちがオロオロと対応に困り果てている。そこで彼女はあまりにも重すぎる腰をようやく上げる。


「ラテリア、ラフターラ、シニメノ。そこら辺にしておけ。これ以上無駄なことに時間を使うんじゃない」


彼女、もとい今まさに言い争いの的である魔王が声をかける。威厳のある声、有無を言わせないそのオーラは人間が恐れ魔王と呼ぶに相応しい。3人とも先程の喧騒が嘘のように姿勢を整え魔王に向き合った。


「誠に申し訳ありません、魔王様。このようなこと私以外で務まることではないと彼女たちにも言い聞かせておきますのでどうかお許しを」


真っ先に話し出したのはシニメノだ。なんだか話がややこしくなりそうな事を言っているが、全身モフモフの犬系獣人である彼女は真面目な性格で常に執事服を纏っている。曰くメイド服より動きやすくまた魔王様のお側に仕える者として気を引き締めるために身につけているそうな。


「はあ!?何抜かしてんだよ、この駄犬!勝手に一人で決めんじゃねーよ!」


それに真っ先に反応したのがラフターラ。鬼の種族である彼女はかなり大柄で筋肉質な体を持っていて、その背丈は優に2mを超えている。明朗快活とはまさにこれと言うような彼女は常に元気が有り余りすぎている。さらしを巻いただけの上半身に、かなり際を攻めているショートパンツと布面積の少なすぎる服装だ。大きな体に反しておでこの生え際にあるちょこんと小ぶりな角二つがチャーミングだ。


「そうですよ、抜け駆けだなんて絶対に許しませんよ!」


そして最後がラテリアだ。150cm半ばと小柄な体型はラフターラと並ぶと親子どころの話ではない。かなりのオタク...もとい研究者気質で実験室に篭ってしばらく出てこないなんてのは日常茶飯時だ。分厚いメガネに萌え袖気味な白衣と貧相な体つきだが彼女の種族はサキュバスであり本気を出したら凄いらしい。何がとは知らないが。


また言い争いが始まる予感がした魔王はすぐさま待ったをかけた。


「お前たちが何を真剣にそんなことを話しているのかは知らないが、少なくとも私は仕事を放棄してくっちゃべるやつよりはキチンと働いてくれるやつの方が好ましい」


その言葉を聞いた瞬間に彼女らはさっと真顔になってまるで今までのことが無かったかのようにそれぞれ早口で話し出した。


「あっ私これから大事な実験があったんだった。魔王様今日は失礼しました。それではまた」


「そういえば今日あいつらの稽古つけてやるんだったわー。忘れてた忘れてた。魔王様、ちょっくら行ってきます」


「魔王様、こちら以前に議題で上がったものの内容のまとめと視察に出した者からの人間たちの現状についての報告になります。どうか目をお通しください」


「ああ」


そうしてなんとか事なきを得た魔王はため息を吐きたくなるのを我慢して書類を受け取る。そう、本来ならば魔王軍の御三家とまで恐れられるほどに実力を備えている彼女たちはとても優秀なのだ。これまでに数えきれないほど魔族の力を底上げするに至った実験の成果を出し続けたラテリア、おそらく単独で国単位を相手しても負けることのない魔王軍最強戦力のラフターラ、血気盛んな部下をまとめ、また魔王の護衛も務めるシニメノはいつ休んでいるのか心配になるほどに仕事熱心だ。しかしどうにも最近は様子がおかしい。魔王様との子供がどうとか誰が一番相応しいかなど変なことばかり言っている。そもそも前まで彼女たちは全員分野が異なるから会話すらまともに交わすような仲ではなかったのだ。それに関しては、むしろ魔族間での交友が深まったとでも喜べば良いのだろうか?だがあの様子では仲が良いとは言えないだろう。魔王は困り果てていた。このまま何事もなく過ごしてくれれば良いのだが。

人間たちに恐れ慄かれ魔王だなんて大層な呼ばれ方をする彼女はこの世の誰よりも平和を望み、またこの世の誰よりも争いが嫌いだった。特に種族間で起こる争いは反吐が出る。魔族で知識、力、魔法どれに置いても右に出る者がいないと言われる彼女はその評判に漏れず正しく最強で、また最古の魔族であった。魔族の中にも獣人や鬼、サキュバスは数多くいるが、魔王と呼ばれる彼女と同じ種族の者は誰もいない。唯一無二といえば聞こえは良いだろうか?


「種族間での争いなんて、起きないに越したことはない。平和が一番なんだ」


明日は平和に過ごせるだろうかと考えている魔王は、異なる意味で平和でない生活が訪れるのをまだ知らなかった。

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