第2話扉の先の世界

 ゆっくりと扉を開くと雄介はまばゆい光に包まれた。目を開けていられないほどの眩しさで、しばらくしてから目を開けると周りの景色が一変していた。


『なんだ…これ…』


 さっきまでいた薄暗い路地とは全く違う光景に雄介は言葉を失っていた。雄介が立っている場所は草原だ。頭上に広がっているのは空だろう。何故このような言い方をするのかというと、それらは雄介の知る草や空の色をしていなかった。おそらく草であろうモノは赤や青といった色で、おそらく空であろう景色は黄色で雲は緑色のように見える。まるで子供が絵具でめちゃくちゃに色付けをしたような景色だった。はじめは扉から発せられた光によって目が眩んでいるだけだと思っていたが、何度瞬きをしても、頬を叩いても草は赤や青、空は黄色だった。どうやら夢ではないらしい。もし夢を疑うなら路地をみつけた段階で疑うべきだが、それは今更考えても仕方ない。とにかく目の前のあり得ない状況について考えなければならない。


『どうする?引き返すか?』


 あまりにも異常な光景に雄介は引き返そうと考えた。

 しかし、


『でも、あの路地に引き返しても元の場所まで帰れる保証はないよな…』


 さっきの終わりの見えない薄暗い路地で不安や恐怖を感じたばかりの雄介にとっては今すぐ引き返す勇気は持てなかった。帰ったところで路地から抜け出せる確信はない。ならば光の無い路地よりも、色はめちゃくちゃだが陽の光が当たるこの場所で少し落ち着くべきだと判断した。


『よし、じゃあ少しだけあたりを散策してみるか』


 決心してカラフルな草原を歩きだした雄介は視線の先に建物が広がっていることに気が付いた。どうやら今雄介がいる草原は小高い丘になっているようで丘から町が見下ろせるようになっていた。丘から見える建物たちも草原や空のように雄介の住む世界とは違う色合いをしていた。ビルの壁は赤や青や緑のほかに紫色のモノがあり、一際高い建物に至っては虹色である。


『本当にどうなってるんだよここは…』


 目に映るあらゆるものが雄介の常識と乖離している。しかし、いつまでもこの状況に圧倒されているわけにもいかない。町があるのなら人もいるはずだ。町の人に自分の身に起こった現象について聞いてみようと雄介は考えた。いきなり他人に話しかけることは苦手だが、この非常時にそんなこと言っている場合ではない。

 さっそく町に向かうべく、丘を下っていくための階段を見つけると、階段の近くのベンチで一人の女性が座っているのが見えた。ここで雄介は安心する。このカラフルな世界で初めて人に出会ったことにではなく、女性の色彩が雄介の常識の中の人間の色彩と一致していることに対して非常に安心したのである。腰のあたりまで伸びた綺麗な黒髪とシミ一つないであろう色白の肌の美人は雄介に気付くことなく読書に夢中になっていた。年は自分と同じくらいだろうか?とにかく話かけてみようと考え、雄介は彼女の元まで歩いた。ここでようやく彼女は雄介の存在に気が付き、少し驚いたような顔で雄介のことを見た。雄介も女性が自分のことに気付いたことを確認して声をかける。


『ど、どうも。こんにちは。』


『こんにちは。』


 女性も挨拶を返したが、雄介はここからどのように話を切り出せばいいか考えていなかった。普段から人と話すことをあまりしてこなかった雄介が初対面の女性といきなり会話をするのは些かハードルが高い。所謂コミュ障である。雄介が困ったような顔をしていると女性が口を開いた。


『私、しばらく前からここに座ってたんですけど、あなたはいつ来られたんですか?』


『え?』


『この丘ってここの階段しか入れる場所が無いので、もしかしたら私が来る前から丘にいたのかなって。』


『あ~なるほど』


 雄介は返事に困った。一度は町に降りて自分の状況について聞こうと考えていたが、改めて考えてみるとこれまでの経緯を見ず知らずの人にいきなり話してもいいのか。そもそも話したところで信じてもらえるのか。しかし、今の雄介には情報が全くない。ここで嘘をついたところで何も状況は進展しないだろう。雄介は覚悟を決めて正直に説明することにした。


『質問に質問で返すのは失礼だと思うんですけど、貴女はこの丘の上に扉があるのはご存じですか?』


『扉、ですか?いえ、知りません』


 どうやらこの女性は扉の存在は知らないらしい。女性は雄介の質問の意図が分からない様子だったが、雄介は続けて自分の身に起きたことを説明した。女性は雄介の突拍子もない話を笑うこともなく真剣に聞いていた。


『―ということがありまして。』


 説明しながら雄介は違和感を覚えていた。一見すると女性の色におかしな点は無いように思えるが瞳が黄色に見えたのである。初めはカラーコンタクトの類だと思っていたが、雄介が話し終えると女性の瞳は青色のように見えた。すると


『すみません。そんな現象に心当たりはありません。力になれなくてごめんなさい。』


 と申し訳なさそうに雄介に頭を下げた。雄介は突然の女性からの謝罪に驚いた。


『いえいえ!こんな突拍子もない話を聞いていただけただけでありがたいです!』


 女性が顔を上げるとしばらく考え込むような仕草をした後に雄介に言った。


『私では力になれないんですけど、私の知り合いならもしかしたら何か知っているかもしれません。』


 女性の言葉に雄介は興奮気味に答えた。


『本当ですか⁉ぜひその方を紹介していただけないでしょうか⁉』


 雄介の申し出に女性は再び瞳を黄色に染めて笑顔で答えた。


『もちろんいいですよ。ここから少し歩くので付いてきてください。』


『ありがとうございます!よろしくお願いします!』


 感謝する雄介に女性はベンチから立ち上がりながら言った。


『もし良かったら敬語やめませんか?多分私たち年近いですよね?』


『そういえば自己紹介もまだでしたね。僕は凪 雄介なぎ ゆうすけ。大学2年の19歳です。』


『私と同学年ですね。私は朝比奈 彩あさひな さやか20歳。よろしくね凪君』


『うん、よろしく朝比奈さん。』



 雄介は彩と共に階段を降りて丘を後にした。



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扉の先は虹の町 シノ谷 @Sino_831

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