扉の先は虹の町

シノ谷

第1話不思議な路地

『僕の人生は極めて平凡だ。』


 地方都市の大学に通う大学2年の凪 雄介なぎ ゆうすけは大学からの帰宅途中にふと思う。雄介のこれまでの人生を一言で表すとすれば「平凡」、「無難」という表現がぴったりであろう。学校では真面目に授業を受け、家では勉強や趣味のゲームや読書、周りから真面目な人間として扱われ、誰かと問題を起こすことなく過ごしてきた。家族仲も悪くなく、両親と二つ年上の姉から小言を言われたことはなく、喧嘩なんてしたことがない。親友と呼べる友人や恋人はいないが、雄介はそんな人生に不満はなく、充実した生活を送っていると感じている。波乱万丈の対極を歩む自分はこの先も平凡に無難に生きていくのだろう。

 しかし、これまでに何人かの友人に指摘をされたことがある。『そんな人生つまらないだろ』とか『もっと欲張れよ』とか『このままだと心が死んでしまうぞ』なんて言われたこともある。その都度雄介は『お前には関係ないだろ』と心の中で一蹴する。他人から見れば雄介の人生は刺激や変化のないモノクロな人生なのかもしれないし、雄介自身、客観的に自分を見れば周りと同じ評価を下すだろう。だが、それのどこが悪いのだろうか。本人が満足しているのならそれでいいじゃないか。そんなことを考えながら歩みを進めている雄介の足が止まる。


『こんな路地あったっけ?』


 雄介の目に入ったのは雑居ビルの間にある細い路地だった。大学に入学してから一年以上通った道であるにもかかわらず雄介はこの路地に見覚えが全くなかった。周りの景色を完璧に把握しているわけではない雄介だが、ここに路地がなかったことは断言できる。見覚えがない他にもこの路地には異常な点がある。この路地は先が見えない。隣の雑居ビルの大きさから考えてもこの路地の長さは数十メートル程度のはずなのに先が暗くて路地の終わりが見えない。明らかにおかしな現象が目の前で起きていることに雄介は困惑した。


『は、入ってみるか?』


 普段なら絶対にしない行動。予想外のことに自分から飛び込もうとするなんてこれまでの雄介ならまずしなかっただろう。それも非現実的な予想外。頭ではこの異常からすぐに離れるべきだとわかっているのに路地に足を向けてしまっている。雄介は路地に吸い込まれるように入っていった。路地に一歩踏み入れた瞬間、雄介の中で何かが動き出しような感覚があった。


 路地に入ってから何分経っただろうか。歩き出してから確実に数百メートルは進んだ感覚はあるがまだ路地の向こう側にたどり着かない。雄介の中には段々と不安や焦り、恐怖が出てきた。まだ夕方にもなっていないはずなのに路地の中は薄暗く、陽の光が入ってこない。


『このまま出られないんじゃ…』


 雄介の中が不安で一杯になり、ついに雄介は走り出した。早くここから抜け出したくて雄介は一心不乱に走り続けた。ここまで必死に走るのは人生初だ。路地を見つけたことを後悔しながら走っていると、薄暗い道の先に何かが見えた。


『扉?』


 路地の真ん中に木製の扉が不自然に立っていた。お金持ちの家を知っているわけではないが、富豪の豪邸の玄関に立て付けられているような立派な装飾が施されている扉が雄介の目の前にある。扉の裏側には何もなく、本当に扉だけが立っているだけである。


『入れってことなのか?』

『明らかに不自然だけど、そもそもこの路地自体が不自然だしな…』


 目の前で度重なり起きる異常に雄介は麻痺していた。何もしなければこの路地から脱出できないかもしれないと考えた雄介は意を決してドアノブに手をかけた。



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