第22話 警察庁零課お掃除班①


 その日の零課からのメールにはめずらしく、仕事内容が書かれていなかった。

「運動服など動きやすい服装で……って、学校のジャージで良かったかな……」

 指定時刻より早く「現場」についたメイは、つめたい風に思わず首をすくめる。


 ひとけのない、小さな神社の前だった。

 まだ日は暮れていないが、鬱蒼とした木立に囲まれあたりは暗く、肌寒い。

 石段も参道も、草ぼうぼう。


 ちょっとのぞいてみたが、やぶがはびこりすぎて社殿があるのかどうかさえわからない。

 簡素な鳥居もすっかり塗りがはげ、虫食いだらけでボロボロだ。


(ちょっと強い風が吹いただけでも……倒れちゃいそう)


 怖かった。わけもなくぞくぞくする。

 心霊スポットとしてどこかに掲載されていてもおかしくない、イヤな雰囲気だ。


 しかも今日はどういうわけか、守護神は連れて来ないようにと指示されていた。

 ひとりである。

 メイは寒さと心細さでいても立ってもいられず、軽く足踏みして身体を温める。


「だ……だいじょうぶ! 『現場では上官の指示に従ってください』って書いてあったってことは……誰か零課の人が来てくれるはずで……」


 ポケットからスマホを出して時間を確かめて、どきっとした。

「え? もう時間過ぎてる? 五分も? わーん、誰でもいいから早く来てください~」


 そうするうちにもどんどん日が陰ってくる。

 さらに十分がすぎ、もうこれは、サポート係に問い合わせた方がいいかも、と考え始めた時、ぶうう、と車のエンジン音がした。

 ヘッドライトがひらめき、古神社の前のうす暗い小道に、軽自動車が乗り入れてくる。


「神納さん、待たせてごめんなさい! 前の現場が押しちゃって……」


 停まる前から窓を開けて叫んだのは、ポニーテールの若い女性だった。

 青いラインの入った、おしゃれな白いジャージを着ている。

 スポーツジムかなにかの、インストラクターみたいだ。


「ちょっと待ってね! 車、邪魔にならないとこに停めるから!」


 行き止まりの小道の奥で、スタントマン顔負けの運転技術ですばやくUターン、駐車する。

 降りるとすぐ、後ろの荷物入れに走り、竹ぼうきを二本出して来た。


「じゃあこれ、はい!」


 満面の笑顔で新品っぽい竹ぼうきを渡され、メイはわけがわからないまま受け取る。

 小柄で元気のいい、人好きのする笑顔の女性は自己紹介した。


「はじめまして! 零課鎮静班、通称〈お掃除班〉班長の諸淵もろぶち千里せんりです。いちおう警部補です」


「あ、よ、よ、よろしくお願いいたします。神納五月……巡査です」


 二十代にしか見えないのに警部補で班長さんなんて、きっとすごい霊能者にちがいない! と気後れしまくるメイに、諸淵千里はあははと笑った。


「そんな、しゃっちょこばらないで、気楽にいきましょう! わたしのことはふつーに千里さん、って呼んでくれるとうれしいな」

「え、諸淵さん、でも班長さん、でもなく……?」


「だってモロブチ、って言いにくいでしょ? 声も通りにくいし。あ、わたしも神納さんのこと、メイちゃんって呼んでいいかな。知らないオトナにあだ名は呼ばれたくない?」

「そんなことありません、どうぞ」

「ありがとー」


 などと話す間に、千里はメイのまわりを二周し、頭の先からつま先まで、ためつすがめつしたあとで、にこっとした。


「遠見係の中富さんが言ってたとおりね。霊気はよく練れてるし、護身も最低限できてる」

「あ、中富さんって、千里眼の……」


 零課への通報を受けるのが専門の、市松人形が大人になったような和風美人である。なんでも見通すものすごい千里眼で、メイをふくむ課員への指示伝達もやってくれている。

 メイは研修時代から、手厳しく叱られてばかりいた。

 はっきり言って、苦手だ。


「そう、その中富さんがね、神納さんの祭文読みあげ、最近、けっこういい感じになってきたよーって、教えてくれて」

「そ……そうなんですか?」

 本当ならちょっとうれしい。


「祈念も悪くないって。彼女がほめるのめずらしいから、それならうちの班のお手伝い、してもらえるかなーって思って、来てもらったの」

 真顔になり、古神社の石段を指した。


「ためしにあの石段、下の一段だけ、掃いてみて」

「はい」と竹ぼうきを手に石段の方へ走って行こうとするメイを、千里はひきとめる。


「ううん、石段には乗らないで。ここから、掃いてみて」

「ええーっ? で、でも、ここからじゃほうきが届かな……」

「学校で、妖怪が食べてた〈雑草〉、消しちゃったことがあるんでしょ?」

 メイは仰天した。


「えっ? そ、そのことは零課に報告は……してない……はず……」

「中富さんが見てたの」

「えっ……すっ、すみません。べ、べつに隠そうとしたわけじゃないんですけど……」

「それは気にしなくてだいじょうぶ。事件じゃないし。安心して」

「は……はい」


「それより〈雑草〉消しちゃった時のこと思い出して。メイちゃんはどうやったの?」

 きかれてメイは宙をあおぎ、けんめいに記憶をたどる。


「ええと……あの時はべつに〈草〉を消そうと思ったわけじゃなくて……妖怪ヤギさんたちが、残留思念のケガレを食べて片づけてくださってるときいて……お礼を言ったんです。そうしたらヤギさんたちとっても喜んで、もっと言って、って。なのであらためて、感謝をこめてお礼を申し上げたら……ヤギさんの向こうの〈草〉が全部、ぱーっと消えちゃって……」


「そう、それ!」

 千里は期待に目を輝かせてメイの肩をたたいた。


「それを今、やってみてほしいの。ここから、あの石段に向かって、感謝を飛ばす感じ!」

「で、で、でも、ここには感謝する相手とか……」

「いいからやってみて」


 にこにこと笑顔で迫ってくる千里に気合い負けして、メイは目をつむり、妖怪ヤギにお礼を言った時の気持ちをけんめいに思い浮かべる。

 そのまま「えいっ」と竹ぼうきをふった。


 なにも起きない。


 こんなの絶対ムリですよ~、という気持ちでメイは横目で千里を盗み見た。

 しかし千里は、竹ぼうき片手に余裕の笑顔で待っている。

 なんでそんなに自信があるのか、メイにはさっぱりわからない。


(感謝……感謝……ここにいない妖怪ヤギさんに、じゃないよね、じゃあ……誰に?)


 わけがわからないままふたたびえいっ、と竹ぼうきをふったが、やはりなにも起きない。


(わーん、だってこんな遠くから石段掃けるわけないし……ここ、感謝する相手もいないし)


 泣きそうになりながら、さらに二度、破れかぶれで竹ぼうきをふった。


 効果なし。

 だがそこで、ふと気づいた。


(あ、感謝する相手なら……いるかも)


 昔はいた、と言うべきか。

 今は、社の敷地になにかが存在する気配はない。

 からっぽだ。ちょっと悲しい心地がするぐらい、からっぽだ。


 でも昔はこの社に祀られていたヌシやその眷属が、学校のヌシと妖怪ヤギのように、ここを浄めてくれていたのではないか。人も彼らに協力していた。社をつくり、お祀りして。


(その人たちやヌシさまが、今のこのありさまを見たらきっと……悲しむだろうな)


 メイは竹ぼうきを手にしたまま、無意識につぶやいた。

「きれいに……なりますように」

 そう、口に出したとたん、ああ、きれいにできる、喜んでいただける、という確信が生まれて、うれしさにふっと胸が温まる。


 その温かさにうながされるまま、竹ぼうきで軽く、その場を掃く。

「!」

 淡い金色に輝く風が竹ぼうきからほとばしり、数段ある石段を下から上へとなであげるのを、メイはぽかんとながめた。


 石段にはびこっていた雑草ややぶが、あらかた蒸発してしまったのにはもっと驚いた。

「えっ? えええっ? あ、あれって全部、ケガレだったんですか?」

 うろたえるメイをよそに、千里は大喜びでばんばんメイの背をたたく。


「いいねいいね! メイちゃん思ったよりパワーあるじゃん! 使える! 助かる!」

「え……」

「具象化したケガレと物理実体の見分けなんて、やってりゃそのうちわかってくるし」


 千里はにっこり、満面の笑顔で両手を広げた。

「零課お掃除班にようこそ! 今日はここ片づけたあと、五カ所回るからがんばろうね!」



警察庁零課お掃除班②へ続く

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