Ice Piller - Model II(1)

 顕夜あらや紅珠こうじゅの営む装備店『ネクストウェポンズ』を後にして。


 ちょうどいい時間だったので、そろそろ昼食にしようと、フローラの提案で――ここ、開発特区が発祥の、有名なラーメン店へと向かっていた。


 特区の外でもお店を出している、昔ながらの味わいが売りの醤油ラーメンは、最近のごってり系ラーメンについていけない俺にとっては好みの味なので、その本店で食べられるのは純粋に楽しみでもあった。


 ただ、現在地からは少し離れているらしく、バスで移動するため、近くのバス停で二人並んで待っていた。


「私も、人を案内するのは初めてで、上手く案内できている自信はないのですが……。どうですか? 戦闘特区、慣れられそうです?」

「そんな、すごくありがたいよ。俺一人じゃ、こんな都会を歩くのだって、ひと苦労だっただろうし」


 それに。フローラと一緒だと、何故だか心が落ち着くような気もする。


 やはり、彼女の人柄なのだろうか。そういった気質を持ち合わせているのだろう。


「それなら良かったです。……あっ、バス、来ましたね」


 開発特区のバスは、本当に本数が多い。バス停の時刻表を見れば、一つの路線に対して、だいたい五分に一本のバスが通るようになっている。


 これを実現しているのも、開発特区では、外よりもひと足早く、車の自動運転技術が日常の一部として活用されているからだろう。運転手が不要なので、人件費がかからないのだ。


 これだけ本数があるなら、開発特区の中であれば、バスだけでも事足りるよな……なんて思いつつ、バスに乗り込もうとして、片足を踏み台に掛けたと同時に――このバスに漂う、異様な雰囲気を感じ取る。


 反射的に、俺は――《手繰刹那たぐりせつな》を発動する。


 世界が、まるでスローモーションに見える。……これなら落ち着いて、周りの状況を整理できる。


 さて、俺が感じた違和感の正体から探るとしよう。


 ひとまず、辺りを見回してみると――運転手がいないのは、自動運転のバスのため仕方ないとしても。乗客ですら、たったの一人しかいないことだった。


 そして、その唯一の乗客。バスに乗り込んで、すぐ真正面にある席へと座っている男は、一見すれば、ただの初老の男性にしか見えないが――《手繰刹那》で余裕のある俺には、バッチリ見えてしまった。


 ――膝に置いていたバッグの影から、白と水色の、の銃口が――!


「――フローラさんッ!」

「……へっ? ま、まま、真斗まなとさん……っ!?」

 

 俺は、慌てて後ろを振り向いて、フローラを抱きかかえると、そのまま地面へ自分をマット代わりにしつつ受け身を取る。


 その直後。まるで映画のワンシーンみたいに、ゆっくりと――ドリルのように回転した氷柱つららが、さっきまでフローラの立っていた場所を突き抜けていった。


 あれから動いていなければ、あの攻撃は今ごろ、ちょうど彼女の首を貫いていた。まさに間一髪だ。


 ……というか、あの氷柱は――本気でフローラの息の根を止めにかかっていた。ケンカを売られたとか、どこかで恨みをかっていたとか、そんな次元の話じゃない。


 あそこまで迷いなく、殺しを実行できるのは――その道のプロくらいなものだろう。


 マトモな世界に生きる人間なら、どんなに性格が歪んでいようと、コンマ一秒くらいは躊躇ってしまうはず。しかし、それさえもなかった。


「こ、これは……? 今、私、狙われて……。でも、とてもゆっくりに……?」

「俺の能力……《手繰刹那》を発動させている。俺はもちろん、触れているフローラさんも、今は――刹那の時間を手繰り寄せるかのように、時間の流れがゆっくりと感じられているはずだよ」


 突然の出来事に、困惑しているフローラへと軽く説明する。能力が働いているとはいえ、のんびりと説明している暇はない。


 《手繰刹那》の効果時間は、秒数にしてたったの三秒。こちらの体感では、三十秒になるが――それでも、時間に猶予はない。


 再発動しようにも、体内で錬成される魔力がある程度回復するまでの間、待機時間が必要となる。いわゆる『クールタイム』は、およそ五分ほど。


 ひとまず、この《手繰刹那》が切れるまで――あと数秒といったところか――に、完全に安全な場所は難しくとも、最低限、あの男の視界からは外れなければ。


「フローラさん、こっち!」

「は、はいっ!」


 フローラが立ち上がるのを待ってから、ひとまず、バスの後方。ちょうど男から見た、一番近くの死角へと隠れる。


 俺とフローラ以外には、突如としてその場から消えたように見えるはずだ。何せ、三秒を、体感三十秒にする。周りから見れば、単純計算で十倍速で動いているというのだから。


 だが、少なくとも――あの男には、超スピードで隠れた俺たちを、しっかりと捉えていたらしい。


 迷うことなく、こちらへ――コツリ、コツリと、地面と革靴がぶつかる音が、だんだんと近付いてくる。


 そして、姿を現した初老の男性は、外で交戦して顔が割れる可能性を考えてか、黒いフードを深く被っていた。


 それもあってか、さっきは隠していたクリスタルのように透き通る拳銃を、いつでも撃てる、と言わんばかりに、堂々とこちらへ構えている。


 確かに、外とは法律の違う開発特区はもちろん、開花者ブルーマーの存在が一般的になりつつある日本でさえ、護身用としての帯銃は認められているが――。それにしたって、白昼堂々、こんな物騒なモノを人に向けて良いって訳じゃない。


「真斗さん。その、《手繰刹那》は……」

「ごめん、もう切れちゃってて……」

「分かりました。では、ここからは私が。真斗さんはお下がりください」

「いや、能力がなくても、ここは俺がなんとかするよ。どうやら、向こうの狙いはフローラさんのようだし」


 俺は、そう言いながら――鞘から、右手で剣を引き抜いた。

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