Ice Piller - Model II(2)

 フードを深く被った男が、フローラに向けて何度も、透き通る拳銃のトリガーを引く。


 そのたびに、銃弾よりも鋭利な分、殺傷力の高そうな氷柱が、さらにドリルのように回転しながら放たれる。


 それこそ、雪国では一般的な、屋根から下がる氷柱を、少し短くして成形したものではある。が、先端を尖らせて、回転しているだけで、その凶悪さはグンと跳ね上がる。


 急所でなくとも、ちょっと触れるだけでもタダじゃ済まないであろう攻撃だが、逆に、撃たれるのが氷柱だからこそ、俺は――。


「……意外と、


 自分でも驚きつつだが、フローラに向けて放たれる氷の銃弾を、次々と――剣で切り落としていく。


 《手繰刹那たぐりせつな》と明確に、声に出して発動しなくとも、強く集中している間であれば、ほんの僅かではあるが……こちらの反応速度も上がる。


 これは、俺が開花者ブルーマーになったと同時に発現した、体質のようなもので、この状態を自分では『過速度状態オーバークロック』と呼んでいる。


 だが、ただの銃弾では、こんな芸当はこなせなかっただろう。……普通の銃弾よりも長いおかげで、ギリギリ、間一髪のところで対応できている、といったところか。


 一撃、一撃、また一撃。こっちは、果てしない集中力を発揮したうえで、何とか持ちこたえてるってのに、相手はただ引き金をひくだけ。気楽なこった。


 だが、そろそろ……向こうだって、そうもいかなくなるんじゃないか?


 形状は、一般的なピストルに近く、装弾数はそう多くないはず。多く見積もっても、20発くらい撃たせれば、再装填リロードが必要になるはずだ。


 その瞬間こそが、《手繰刹那》をしばらく使えない俺が、あの男を追い詰められる、唯一の瞬間だろう。


 ――スパッ! スパッ! スパンッ!!


 たった一瞬の好機を待ちながら、俺は続けて、回転する氷柱を切り続ける。


 ――スパンッ! スパンッ! スパァンッ!!


 しかし、その瞬間は……いつまで経ってもやってこない。


 ――スパンッ! ――スパンッ!!


「……まさか、あの銃……」


 クリスタルみたいな、奇抜な銃の見た目だったり、銃弾がそもそも『氷』である事から、脳裏では薄々勘付いていたのだが。


 現に。多く見積もった二十発を超えても、変わらず平然と射出され続けていることから、その勘は――当たっているのだろう。


「リロードの必要がない、のか?」

「そのようですね。見たところ、薬莢が落ちたりもしていないようですし。次代装備ジェネク……でしょうか」


 後方のフローラの、冷静な分析を聞きながら、俺はなんとも軽々しく放たれる氷柱を、切り続けながら。


「そうだろうね。それも……この殺傷力に、連射力。それでいて、再装填まで不要だなんて、こんなの――」


 確信がなかったので、途中で止めた、俺の言葉の欠けたピースを埋めるように。フローラは続けて、


「――、かもしれません」


『制限武器』――それは、特殊な力を持つ、次代装備の中でも――特に殺傷能力が高かったり、著しく性能の優れた武器に対して、『同一武器の製造禁止』『既存武器の使用禁止』といった制限を課す、国際法の一つ。


 日本では、制限武器と呼ばれているせいか、言葉だけを聞いても、あまり厳しい印象は受けないが、英語圏ではこう呼ばれている。


 ……Frozen凍結 Weapon武器……つまり、危険な武器のである。


 この凍結処理だが、防具やその他装備品には存在しない。


 武器は人の命を奪う物に対して、防具は人の命を守る物なので、当然といえば当然だが。


 こういった制限武器は、表向きには使用禁止となっているが――案外、裏社会で流通し、使われていることも多い。特に、あのクリスタルの拳銃みたいに、暗殺向きの武器なんかは重宝されるだろう。


 考えている間にも、俺は、射出される氷柱を次々と切り落としていくが……あの銃が、氷柱を無限に発射できるとしたら、このままではいつかこちらの体力が尽きたと同時に撃ち抜かれてしまう。


 再び《手繰刹那》が使えるようになるまで、持ち堪えるという選択肢は――現実的じゃないか。五分も、こんな芸当を続けていられる気がしない。


 そうこうしていると、後ろからジャキジャキッ! という音が聞こえてきた。


「……やはり、ここは私にお任せください」


 直接見てはいないが、どうやらフローラが、双剣を両手に引き抜いた音らしい。


「いや、敵の狙いは確実にフローラさんなんだ。ひとまず、俺の後ろに……」


 まるで、さっきフローラの言葉を無視して、剣を取り出した時とは、立場が逆転したかのようだった。


「いえ。真斗まなとさんが、せっかく切り札を見せてくれたのですから。……ここは私も、切り札を使わせていただきますッ!」


 フローラの行動に思わず、俺は後ろを軽く振り返ってしまう。

 

 視界に映ったのは、あろうことか――さっき、ネクストウェポンズの店主、紅珠こうじゅから受け取っていた、漆黒の左剣。名前は確か――『宵鴉の左爪クロウネーゲル』。


「……んぐッ、はぁ、んあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッッ!?」


 その、黒い左剣が――フローラの心臓部へとまっすぐに突き刺さり、背中から突き出して、のだった。

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