フローラの特区案内(3)
この戦闘特区で行われている、ハイレベルな戦いを目にした、ドーム・エメラルドから少し歩いた先の商業エリアにて。
立ち並ぶビルのうちの一つ、その中の三階、一角にある『ネクストウェポンズ』。様々な武器の販売から整備までを行っているこの店が、どうやら、フローラの贔屓にしているお店らしい。
階段を上がり、いくつも並んだテナントのうちの一つ、派手な看板などない、知る人ぞ知るみたいな雰囲気の店へと入ると――。
「ほいほーい、いらっしゃいー……ああ、フローラちゃん? と、その隣の男のコは……も、もしかして!?」
「え? もしかしてって……? あっ、いや、
こちらを出迎えてくれたのは、上下水色の作業服を身に着けている、赤髪のポニーテールを揺らしながら振り向いた、快活そうな女性。
何故だか、すっかり茹で上がってしまったように顔を赤らめて、すっかり言葉が止まってしまったフローラに変わって、俺から説明する。
「……俺は昨日、ここに来たばかりで。フローラさんに、戦闘特区を案内してもらってるんです」
「ふうん? ま、これからに期待ってトコかしらねー」
これから? フローラと友人として仲良く、ということであれば、当然、こちらから断る理由もないし、こちらこそよろしくお願いしたいところだが。
「ま、それはそれとして。……あたしは
「
「こっちらこそ。うちの店――ネクストウェポンズ共々、よろしくね?」
茹でダコ状態のフローラが、どうやら元に戻ったようで、話を強引に切り替えるかのように、
「そ、そうでした。真斗さんにここを紹介するついでに、先日整備を頼んだ剣、受け取りに来たんでした」
「ああ、うん。バッチリ整備は終わってるわよ。ちょっと待ってて?」
言うと、紅珠は店の奥に入っていく。
「フローラさんの剣って、もしかしてスペアだったの? 良い剣を使ってるなって思ってたんだけど」
「
半分? と、俺は一瞬、戸惑ったが……すぐにそれは、本当に言葉通りの意味であることが分かった。
「はい、おまたせ、フローラちゃん。『
「ありがとうございます、紅珠さん」
紅珠が持ってきたのは、フローラが装備している、金色と白の装飾が施された鞘に、スマートに納められた双剣とは――まるで正反対の剣だった。
闇に紛れる暗殺者が好んで使っていそうな、黒を基調とした剣。見つめるだけで、意識が飲まれてしまいそうな、暗い赤色の宝石が、グリップ部分にいくつか埋め込まれている。
高貴なお嬢様を思わせる彼女の風貌とは、似合わないとは言わないものの、ちょっとイメージが相反しているような――そんな、ダークな雰囲気を醸し出す代物だった。
しかも、それだけじゃない。刃の短さや、形状を見るに、双剣ではあるのだが……なぜか、左側しかない。
「普段、左の剣は、この『宵鴉の左爪』を使っているんです」
「……もしかして、その剣って『
「はい。これは特にクセが強くて、紅珠さんのメンテナンスなしでは、危なくて使えたものじゃないので……」
次代装備とは、最新の科学技術や、『
だが、そうなると……もう一つ、俺は疑問に思ってしまう。
「あれ、フローラさんって右利きだと思ってたんだけど」
「はい、その通りです。……なので、基本は右の剣をメインに使ってます」
まあそうだろう。左利きかどうかは、まだ一緒にいる時間は長くないとはいえ、ちょっとした仕草でなんとなく分かる。
双剣は両手で刃を振るって戦うとはいえ、やはり利き手の方が上手く剣を扱えるのに違いない。
だが、利き手ではないという、左の剣が彼女にとってのメインで、利き手に持つ右の剣は、さっき『半分スペアだ』と言っていた剣と、見た目は同様のものだった。
フローラは、俺の頭に浮かんだ疑問を待っていたかのように、続ける。
「左の剣……『宵鴉の左爪』は主に、私の『能力』を発動する際に使うのです。自分では制御しづらい能力なので、今は見せられませんが……」
能力の発動に、剣が必要になる――というのが、一体どのように必要になってくるのか、イマイチ想像がつかなかった。
たとえば、俺の『
しかし、道具を――しかも、次代装備なんて代物を必要とする能力――か。
「ところで、真斗君はどんな剣を使ってるの? ちょっと見せてもらってもいいかな」
「はい、もちろん。まあ、俺が使ってるのはなんてことない、普通の剣だけど……」
紅珠にそう言われ。
俺は、特に目立った装飾もない、もちろん次代武器でもない、一般的な剣を鞘から抜くと、さっきまでフローラの『宵鴉の左爪』が置かれていた机に置く。
俺にとっては、幼い頃、叔父さんに打ってもらってからというもの、他の剣に浮気することもなくずっと使い続けてきた、愛着のある剣ではあるが……。叔父さんは、名の知れた武器職人というわけでもない。赤の他人が見れば、一般的な剣のうちの一本のはず。
しかし紅珠は、その剣を、上から見たり、横から覗き見たり、よぉーく観察したうえで。
「この剣が『普通』ですって? もし本心で言ってるなら、作った人に今すぐ土下座するべきね。メンテナンスのたびに、細かな微調整をくり返してきた跡がある。きっと、キミに合わせて、最適化が重ねられているんでしょうね」
その言葉を受けて、俺は、まさかと思った。……まさに、彼女の言葉通りだったからだ。
叔父さんに、この剣を作ってもらったのが、俺がまだ六歳のころ。それから、年に一度のメンテナンスの際には、使用感や成長に応じて、何度も、何度も、調整をしてもらっていた。
つまりこの剣は、俺が使うことで真価を発揮する――決して、一般受けはしなくとも、俺にとっては最高で最適な武器なのだ。
「……ごめん、撤回するよ。この剣は、俺にとって最高の剣であって、安心して命を預けられる
「うんうん、よろしい。……でも、それだと、あたしが変にメンテナンスするのもなんだか悪いわよね?」
「……いや。この剣を任せられるのは――この開発特区の中でも、顕夜さんしかいない。そんな気がする」
「あら、気を遣ってくれなくても結構よ? 何も、あたしの仕事は武器のメンテナンスだけじゃないんだし」
「気を遣った訳じゃないよ。本心から、顕夜さんになら、安心して任せられると思ったんだ」
その言葉に、当然だが嘘はない。そう思えた根拠はやはり、一目でこの剣の特性を。これが、俺のために作られた剣であると見抜いたところか。
俺も、剣についてはそう詳しくはない。
だが、この調整跡が何を意味しているかに気付くのは、並外れた技術力と観察眼はまず必要として、さらに、使い手に寄り添ったメンテナンスを実際に経験していないと、まず不可能だろう。
「ただ、戦闘特区に来る前に、メンテナンスしてもらったばかりだから……またしばらくしてから、お願いしても良いかな」
「ええ、分かってる。……そこまで言われると、お姉さんも鼻が高いわねぇ♪」
とても上機嫌そうにしながら、紅珠が言う。
次に、剣のメンテナンスをお願いするのがいつになるのかは分からないが――叔父さんに任せるには、故郷まで帰らなければならないと思っていたので、嬉しい誤算だった。開発特区から外に出るのには、いちいち手続きが必要らしいし。
しかし、流石は開発特区。叔父さんよりもずっと若いのに、ここまで優秀な技術者がいるなんて。
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