フローラの特区案内(2)

 戦闘特区の中心部には、世界最大級のドーム型建造物『ドーム・ダイヤモンド』がある。


 しかし、あいにく今日は、そこで試合は行われないらしく――ならばと、ドーム・ダイヤモンドには規模が劣るものの、戦闘特区の各地に建つ、中型ドームのうちの一つ――『ドーム・エメラルド』へとやってきた。


 規模が劣るとはいえ、中型ドームでの試合だって、全世界に発信されていて、見ごたえのあるものだとフローラは言う。


 緑色の光沢がかった屋根が特徴的な、ドーム・エメラルドの中へと入ると、広いホールの中央には大きなモニターがあり――日本刀を携えた和装の男と、文字通りの『紫電』を衣服のように羽織った女性による、激戦が映し出されていた。


 画面の右上には『LIVE』とあるので、きっとこの決闘場で、今、この瞬間に行われている試合なのだろう。


『ハッ、せっかくケンカを買ってやったんだ、完膚なきまでに叩き潰してやんよッ!!』


 バチバチバチィィ! と、耳を突くような鋭い音と共に、女性は右手を大きく前に向け、人差し指で相手を指し示す。


 その直後、彼女が身にまとっていた紫電が、一直線に放たれる。


 ……しかし、男はその雷撃を、軽々と受け止めた。


『策略に乗り、まんまと堕ち――後悔するといい。かの有名な《雷装獣アムドレクト》も、僕の前では序列を上げてくれる、ただのエサ同然だ』

『おうおう、最近一気に序列を上げてるからって、調子に乗ってんじゃんかよ? だがな、《一振一閃いっしんいっせん》。よぉーく聞いておけ。同じ「ランク3」に区分けされててもな、ランク3の上位と中位じゃ、雲泥の差ってのが――あンだよッ!!』


 バババババババババババババババババババババ――ッ!!


 言いながら、勢いづく女性のまとう紫電が、より一層激しさを増していく。触れればきっと、『痛い』どころでは済まないだろう。感電は必至、最悪、気絶すらしかねない。


 それを迎え討つ、和装に日本刀の男の眼差しも、より真剣で、鋭いものとなっていく――。



 ***



「ああ、良いタイミングでしたね、真斗まなとさん。あの二人、どちらも有名人ですよ!」

「へえ……。フローラさんがそこまで言うって、そんなに?」

「あの男性は、種子人シーダーながらも戦闘特区で名を上げている、刀の使い手です。二つ名は《一振一閃》」


 画面越しに見える二人の会話を聞くに、両者ともにランク3。――序列三桁、上位数パーセントでさえ、二つ名を付けられるほどの有名人ならば、その画面を見て、興奮気味な彼女はランク2――序列二桁だ。


 モニターに映る二人とは、比べ物にならないくらいの有名人なんじゃ? と思わずツッコみたくなってしまったが、やめておく。


「あの女性の方は、もうじきランク2も近いと言われている、雷を操る開花者ブルーマー――二つ名は《雷装獣》です」

「ちなみに、フローラさんも何か二つ名で呼ばれていたりするの?」

「私ですか? 私は……い、と書いて《狂戦姫ベルセルス》」

(ベルセルス……? 狂戦士ベルセルクから来ている造語……っぽいけど)


 そこまで考えたところで、フローラの表情に、曇りが見えていることに気がついた。


 確かに、多少厨二くさいが、カッコいい二つ名だとは思う。……というか、《一振一閃》や《雷装獣》なんて二つ名が浸透している時点で、戦闘特区とはなのだ。


 可憐な雰囲気かつ、大人しめな性格のフローラが、《狂戦姫》という二つ名で呼ばれているのは、少しばかり違和感を抱いてしまう。


 おそらく、戦い方や人となりから、勝手に周りが呼び始める名称が、この戦闘特区における二つ名というものなのだろうが――彼女が《狂戦姫》と呼ばれていること。そして、開花者である彼女が持つ、自身の能力を『好きではない』と評していたこと。


 ……その二つが、ジグソーパズルのようにピタリと繋がった気がした。


 隣の彼女が《狂戦姫》と呼ばれるまでの、そんな能力を持っているのだろうか、と。


「ごめん、フローラさん。変なことを聞いちゃったかな」

「あっ、いえ。気にしてませんから。……実のところ、私はあまり、戦いが好きではなく……」


 戦いが好きではないのに、序列二桁という高みにまで登っているのには――きっと、それ相応の理由があるのだろう。


 だが、それは今、知るべき内容ではない。そう感じられた。


「いずれは真斗さんも、ここで戦うんですよね? そのために、戦闘特区にやって来たんでしょうし」

「うん。戦闘特区ここで名を上げるのが、統括特区に行く近道だと思ったから。少なくとも、俺にとってはね」

「なるほど……。本当に用があるのは、統括特区の方だったのですね? ……案外、私たち……似たもの同士なのかもしれません」


 どこか意味ありげに、ぼそっと呟くフローラ。


 もしかすると、彼女が戦い自体好きではないにも関わらず、戦闘特区で、こうして戦っている理由にも繋がっているのかもしれないが――今はあえて、詳しいことまでは深堀りしないでおく。


 少なくとも、フローラにとっては良い話ではないだろうことが、さっきの暗い表情から読み取れたからだ。


 ……いずれ、本当に、彼女の過去を知る必要がでてきたとき。そのときで良いだろう。



 それからも、色々と考えながら、モニター越しの白熱した試合を眺めていると。どうやらこの試合は、雷を操る開花者雷装獣の勝利に終わったらしい。


 モニター越しではあるが、試合を観戦していて、気が紛れたのだろうか――すっかり元気を取り戻したフローラが。


「さて、次は……私が贔屓ひいきにしている、装備屋に行ってみませんか? 真斗さんも、剣をお使いのようですし」

「武器の整備をどこに頼むべきか、ずっと迷ってたんだ。紹介してくれるとありがたいな」


 故郷では、武器職人である叔父に、定期的なメンテナンスを任せていたが……戦闘特区ではそうもいかない。今まではともかく、この戦闘特区において、この剣は、俺の仕事道具にもなるんだし。


 しかし、フローラが贔屓にしている店とあれば、流石に心強いな――なんて思いつつ。


 フローラと共に、この決闘場、ドームを後にする。

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