第一章 制限武器編 〜Frozen Weapons〜

フローラの特区案内(1)

 翌日。不慣れなベッドの感触が、改めて、戦闘特区に引っ越してきたんだ、そう告げているようだった。


 マンションに備え付けられている家具のうちの一つであるベッドは、見た目こそ質素ではあるが、決して寝心地は悪くない。


 何なら、実家の使い古した布団よりもフカフカで新しく、断然安眠できるはずのだが――旅行先の寝具が合わないのと同じで、まだ、ここが自分の家だという実感ができていないらしい。


 ちなみに、備え付けの家具はもう、こんなに用意してもらって良いのだろうかと申し訳なく感じてしまうほどに、色々と取り揃えてある。


 一人暮らしを始めるうえで、まず買い揃えることになるであろう最低限の家具は、大体揃っていた。流石は日本の最先端を担う都市、開発特区だ。



 昨日買っておいたコンビニのおにぎりを朝食にして、歯磨き洗顔、髪のセットなどを済ませる。


 というのも、今日もフローラが、昨日に引き続き、戦闘特区の案内をしてくれるらしい。


 そもそも俺がここ、開発特区に来たのは、父さんが働き、暮らしているらしい『統括特区』に行き、会いに行くのが最大の目的だった。


 ……だが、統括特区は、誰でも簡単に出入りできる訳ではない。


 条件らしい条件は、明確には示されていないが……『優秀な人材』かつ、『統括特区の内部から招かれる』ことで、やっと統括特区に入る権利が与えられる……。と、ネットで多少かじった程度の情報には、そう書かれていた。


 たとえば、戦闘特区であれば。序列一桁――昨日知ったばかりの言葉で表すなら『ランク1』となって実力を示す、とか。


 ランク1、つまりは戦闘特区における最頂点の実力さえ示せば、統括特区における戦力として、招かれる可能性がある――という訳だ。


 もちろん、招待が来るかは統括特区のさじ加減なので、確定ではないらしいが。


 そんな統括特区に暮らし、働いているらしい父さんからは、一方的な仕送りなどはあれど、ほとんど音信不通に近い状態だ。


 だが、父親の目に、俺の名前さえ留まれば――きっと、招待してくれるに違いない。父の、統括特区における立場などは知らないので、これもまた希望的観測ではあるのだが。


 そのためにも、まずは戦闘特区について知り――ここで名声を得て、統括特区行きのチケットを手に入れなくてはならない。



 昨日の夜に入ったメッセージでは、『朝9時には迎えに行きますね』とのことだった。


 ちょっと時間が早いようにも感じるが、つい先々月まで、普通の高校生をやっていた俺にとっては、もはや日課である。


 ……と言いつつ実のところ、高校三年生、卒業前特有の長い春休みのおかげで、生活リズムがボロボロになりつつあった。


 しかし、ここまで十二年、長期休みから始業式という自堕落ムーブを、幾度となく乗り越えてきた経験が活きていた。


 諸々の準備を終えて時計を見れば、針は八時四十五分を指し示している。そろそろフローラが迎えに来てくれる時刻ではあるが――俺は、家を出て、マンションの前でフローラを待つことにした。


 どうせマンションは三軒隣なのに、意味があるか? と聞かれれば、せいぜいフローラが階段を登ってくる負担がなくなるだけではあるが、せっかく早く準備が終わったし、という気まぐれだ。


 

 ***



 それから少しして、金色のロングヘアーをふわりとなびかせながら、少女がマンションの中から現れる。


 昨日の姿も十分、可憐で高貴なお嬢様――といった雰囲気だったが、今日はより一層、彼女のもつ雰囲気が、ぐんと強まっているように思えた。


 その理由はきっと、昨日フローラが来ていたものよりも、さらに多くの装飾が施された、可愛らしい服装も相まってのことだろう。


「おはようございます、真斗まなとさん。……実は、すっかり真斗さんの部屋番号を忘れてしまっていたので……外で待ってくださって、とても助かりました」

「おはよう、フローラさん。迎えに来てくれるまで、ずっと家の中で待っている訳にもいかないしね」


 実のところ、俺も、フローラの家まで迎えに行こうかとも思ったのだが……よくよく考えれば、マンションの建物自体は知っていても、部屋番号までは知らないと気がついたのは、いざ外に出てからのお話。


 しかし、まさかフローラも同じ状況だったとは。


「今日は、フローラさんに頼ってしまっても大丈夫かな。俺、戦闘特区については事前の下調べすらしてなかったから、右も左も分からなくて」

「はい、お任せください! なんだかんだで、私もここにきて早四年ですから。……とはいえ、事前にどこを案内するとか、予定は全然立てられていないのですが……とりあえず、『決闘場』でも見に行きましょうか」


 言うと、意気揚々と、フローラが先陣をきって歩きはじめる。

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