『ランク2』の少女(4)

「すみません。騙すつもりはなかったのですが……。私はランク2、序列は42位です」


 正式に、戦闘特区の住民となったところで、区役所を後にして。


 ずっと待たせてしまって申し訳ないので、役所を出る前に、自販機で無難なところを選び、買っておいたドリンクを合流したフローラへと手渡して。


 ベンチに座り、フローラはミルクティー、俺は緑茶を――それぞれ一緒に飲みながら、俺は、フローラの実力をすっかり勘違いしていたことを打ち明けた。


 しかし、勝手に勘違いしていただけだし、フローラはなにも悪くない。むしろ、俺が助けに入ってしまったこと、それ自体が失礼だったんじゃ……とまで思ってしまう。


「ですが、困っていたのは確かだったので。本当に、真斗まなとさんには助けられました」


 最初は、勝手に勘違いして、つい手を出してしまった、俺を気遣っての言葉なのだろうか? とも思ったが……どうやら、違うらしい。


「確かに私なら、あの人たちにも余裕で勝てたでしょう。でも、私はあいにく――手加減ができないのです。この身に宿った能力は、とても扱いにくく……自分でも、制御が難しいので。能力がなければ、私はただの一般人ですし」


 彼女の持つ能力があまりに強すぎて、丁度良い塩梅あんばいの出力に抑えられない、ということだろうか。


 戦闘特区とはいえ、決闘の際の事故だったりを除いて、能力で相手を傷付ければ当然、罪に問われる。正当防衛とはいえど、やりすぎれば過剰防衛となってしまう。開発特区内は、外とは法律が別とはいえ、あくまでもベースは日本の法律なのだから。


「それに、この力は――。反動もありますし、本当に必要なとき以外は、なるべく使いたくなく……」


 語るフローラの表情が、どこか暗いものへと変わっていく。


 俺は、彼女の能力について、気にならないといえば嘘になるが――今は、これ以上踏み込むべきではないと考えた。



 ***



「あ、ここですね。真斗さんの新居」

「へえ……、タダで住まわせてくれるってのに、思ってたよりもずっと豪華だな」


 フローラに聞かれ、住所を伝えると――迷うことなく、俺がこれから暮らすマンションに到着した。


 開発特区では、住む部屋は基本、開発特区側から勝手にてがわれる。その代わり、敷金礼金はもちろん、家賃はタダと聞いている。


 ガスや水道といったインフラ周りのトラブルも、二十四時間、いつでも無料で迅速に対応という、当面は父親からの仕送りで暮らす予定の俺にとっては、かなりありがたい制度だ。


 ともあれ、日が暮れる前にここまで来られたのは、間違いなく彼女のおかげだろう。もし俺一人だったら、今も地図とにらめっこしながら、あちこちを右往左往していただろう。


 慣れた土地ならともかく、初めての場所だと、どうしても迷ってしまう。この方向音痴かげんも、いい加減に治さないと。


「そうだ、真斗さん。明日はお暇ですか?」

「特に予定はないけど……強いて言うなら、日用品を色々買い揃えようかと思ってたかな」

「ああ、それなら丁度いいですね。よろしければ明日も、戦闘特区を案内しようかな、と思いまして」


 フローラの申し出はありがたい。が、


「案内してくれるのは嬉しいけど……。どうしてフローラさんは、そこまで、俺に良くしてくれるんだい? だって、ちょっと困っていた所に、横槍を入れただけなのに……」

「その、ちょっとしたことが……とっても、嬉しかったんです」


 フローラは、頬を少しだけ赤めながらも、続ける。


「そもそも、さっきの人たち……他二人の実力はともかく、リーダーらしき人は、ランク4を名乗っていました。もし実力を誇張していれば、まとう雰囲気で、なんとなく分かりますが……それはありませんでした。だから、私は手を出せずにいたのです。少なくとも、能力なしの私が勝てる相手ではなかったので」


 ランク4に対して、こちらはランク2。本気でやり合えば、流石に負ける事はないものの、さっき言った通り、フローラの能力は少々扱いにくいし、そもそもランク4だって、ここでは十分、実力者ですから……と、フローラは続けて補足する。


「なのに、真斗さんは――相手を一切傷付ける事なく、退けてくれました。並大抵の実力者では、こんな芸当はできません。……そんな貴方と、コネを作っておくのも良いかなーなんて、打算的なところもちょっとだけ、ありましたが……」


 それを本人の前で言っちゃうのか、と思いつつも、フローラの、正直者な性格を端的に現しているようで、どこか微笑ましくも感じる。


 普段はしっかり者だが、ところどころ抜けていて、何より嘘や隠しごとなんかとは無縁の、誠実な人。……仮にこれが演技だとすれば、それはそれで役者としての才能に恵まれている。


 この戦闘特区に来て、初めて知り合えたのが彼女で、本当に良かったと思う。


「分かった。それじゃ、お言葉に甘えて……明日もよろしく、フローラさん」

「はいっ、お任せください。真斗さんの家に、迎えに行こうかなと思いますが……時間は、後ほどメッセージを送っておきますね。それでは」

「ああ、場所はなんとなく覚えたし、フローラさんを一人で帰すのも心配だから……送っていくよ」

「いえ、ご心配なく。私の家も、これは何かの因果なのでしょうか……ここから歩いてすぐ近くなので。お気遣いは嬉しいですが、大丈夫ですよ?」

「そっか。それじゃ、今日は本当にありがとう、フローラさん」

「はいっ! 改めて、それではまた明日!」


 そんなやり取りの後、俺はフローラと別れ――せめて、彼女の姿が見えなくなるまではと思い、見送っていると――やがてフローラは、俺の新居であるこのマンションの、三軒隣にある別のマンションへと入っていった。


 いや、確かにすぐ近くとは言っていたが、いくらなんでも近すぎるだろ、と心の中でツッコミを入れてしまう。


 『因果』だなんて、大げさだろうと思っていたが……これは確かに、偶然にも程がある。

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