『ランク2』の少女(2)
1992年。世界初となる『
開花者とは、現代科学では説明のつかない能力に目覚めた人間を指す。
当初は、能力が開花した人間も数えるほどであったが、時間が経つにつれてその数は増えていき――今では。少し辺りを探せば、開花者を見つけられるくらいには――身近な存在となっていた。
こうした状況もあってか、今では、能力に目覚めていない人間を逆に『
世界人口の一割、少数派である開花者を、そういった特別な言葉で呼ぶのはともかく、残り九割の多数派をわざわざ『種子人』と呼ぶ機会はそう多くもないだろうけど。
そして、ここ――戦闘特区には、開花者の中でも、戦闘向きの能力に目覚めた人間が多く集まっている。
もちろん、種子人ながら戦っている者も少なくはないが、世界的に見れば多数派である種子人も、戦闘特区においては少数派だったりする。
かくいう俺も、戦闘特区ではさほど珍しくもない、開花者だ。
***
「ただの、ですか……」
すっかり驚いている、金髪ロングヘアーの少女に、俺は思わず、ちょっとばかり得意げになってしまうが……俺が開花者として手に入れた能力、《
とっておきを出したのも、自身の剣技だけでは『ランク4』と高らかに宣言した男らに、勝てる保証がなかった、己の未熟さゆえではあるのだが。
「ああっ、私の方の自己紹介がまだでしたね、つい……。私はフローラ・ブラドベリー。特に、誇れるようなことはありませんが……一応、ここでは『ランク2』の開花者です」
「よろしく、ブラドベリーさん」
「はいっ! よろしくお願いします、
「了解。それじゃ、俺の事も
海外だとファーストネームが名前で、ラストネームが名字と、日本とは逆であることをとっさに思い出したので、そう呼んでみたが……どうやら裏目に出てしまったらしい。
そういや、海外だと名前で呼び合う方が一般的だった……ような気もする。もちろん。海外なんて行ったこともないので、直接見たり聞いたりした訳ではないけれど。
「ところで真斗さん。先ほどのお話を聞くに、この戦闘特区には来たばかりですよね? よろしければ、案内しましょうか? 先ほどのお礼もかねて、です」
『ランク2』……これから俺が正式に戦闘特区の住民となり、『ランク1』になるとすれば――フローラは、ランクが一つ上の、この街では先輩にあたる。
そんな彼女が、まだ右も左も分からない戦闘特区を案内してくれるというのなら、とても心強い。しかし。
「嬉しいけど……フローラさんは、何か用事があって、ここを歩いていたんじゃ?」
「いえ、目的のない、ただのお散歩ですよ。……それに、いつか私に並ぶ――いえ、それ以上に至るかもしれない貴方が、少し気になってしまって」
「そっか。それじゃ、お言葉に甘えて――案内、お願いしてもいいかな」
フローラが、俺をそこまで評価してくれているのは素直に嬉しい。
俺の住んでいた田舎じゃ、
それこそ、幼い頃から俺の身に宿っていた、自身が十倍に加速する――俺視点では、周りが十分の一にまで鈍化しているように見える――《手繰刹那》という能力は、常人にとって『何に悪用されるか分からない悪魔の力』にしか映らないのだ。
この能力を評価してくれたと言えば、俺が二歳の頃から父さんとは離ればなれになり、それから十六年間、女手ひとつで育ててくれた、母さんくらいだった。
……と、ちょっと昔話が過ぎたか。もう俺は外の世界で暮らす訳じゃない。開花者がすっかり日常に溶け込んでいる、戦闘特区にまでやってきたのだから。
外の話など、過ぎた話だ。
***
「着きましたね。ここが戦闘特区の区役所です」
「ありがとう。俺一人じゃ、ちょっと道に迷ってたかも」
「初めてだと、どこも似たような景色ですから……分からなくはないですね」
フローラの案内のおかげで、スマホの地図で道を確認する手間もなく、スムーズに区役所までたどり着けた。
しかし、地図を見たところで、都市部特有の、クモの巣状に広がっている道を眺めているだけで混乱してしまう。彼女の案内がなければ、ここまでたどり着く頃には、日が暮れていたかもしれない。
「私はこの辺りで待ってますので、真斗さんはゆっくり、手続きを終えてきちゃってください」
「役所の手続きって、結構時間が掛かりそうだけど……待たせるのは悪いし、ここまでで大丈夫だよ」
「いえ、私も暇ですからお気になさらず。この辺りにはお店もありますし、ちょっとお散歩でもしながら、のんびり待ってますから〜」
そういやフローラが、ガラの悪い男に絡まれていた時も、あんな場所にいた理由は『散歩』と言っていたっけ。お散歩、好きなのだろうか?
「分かった。それじゃ、なるべく早く終わらせてくるから。ごめん、フローラさん」
ゆっくりで大丈夫ですよー、なんて、おっとりとした声を掛けられ、見送られながら……。俺は、区役所へと入っていった。
まさか、ただの転入手続きで――フローラに抱いていた印象が、180度変わってしまうなんて――今の俺は、思ってもみなかったけれど。
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