戦闘特区の新入剣士 〜刹那の時を手繰る『能力』と『剣』で、序列の最上位へと駆け上がる〜

束音ツムギ

序章 戦闘特区の新入剣士

『ランク2』の少女(1)

「あれが、父さんの暮らしている、開発特区か……」


 飛行機の窓から、下を眺めれば――向かう先には、この国の首都・東京にも引けを取らない、大都市が広がっている。


 とはいえ、そこは見るからに、ただの都市とはどこか違う。


 たとえば、あの高層ビル群の中心に見えるのは……黒くて巨大な箱型のオブジェ、だろうか? 場所が場所であるせいか、他にも奇怪な建物が多くて、何がなんだかよく分からない。


 まあ、俺はこれから、その『よく分からない』場所へと降り立つのだが……。


 俺が乗っている飛行機は、少しずつ高度を下げていき――まもなく着陸のアナウンスとともに、新天地へと近づいていく。



 北海道の中心。かつては旭川あさひかわ市と呼ばれる地方都市であった、周囲を山に囲まれたその場所は、今では『開発特区』と呼ばれる、人口五百万人を超える大都市となった。


 飛行機を降りて、各種手続きと(同じ日本国内とはいえ、外とは法律の異なる開発特区に入るには、海外へ渡るのに近い手続きが必要らしい)荷物の受け取りを済ませれば、晴れて開発特区に到着だ。


 改めて、空港のターミナルを見回してみる。


 日本各地の有名な土産物のお店が集結していたり、全国的に有名な飲食店だったりが、ずらーっと並んでいて、どれも魅力的ではある。


 だが、しかし――俺は、ウィンドウショッピングをするべく、わざわざこの場所までやってきた訳ではない。


「……とりあえず、家まで行って、落ち着いてから。これからのことを考えるとしようかな」


 今日から一人で暮らすことになる新居は、開発特区の中で、さらに五分割されたエリアの一つ『戦闘特区』にある。


 その戦闘特区までは、空港に併設された駅から、電車一本で行けるという情報は、事前に下調べ済みだ。


 壁に埋め込まれた電光掲示板が、ちょうどよく駅までの距離と方向を示していたので、若干、方向音痴の自覚がある俺にとってはラッキー……なんて思いつつ、駅へと向けて歩く。



 事前に軽く下調べをしたところ、この『開発特区』だが、厳密にいえば『開発特区』という名前の特区は存在しないという。


 では、開発特区とはいったい何なのか?


 特区外と比べて、企業として動きやすいがゆえに、様々な企業やお店が集結し、熾烈な争いを繰り広げる『経済特区』。

 国の法律に縛られない、自由な学校が多く、小、中、高等学校から大学はもちろんだが、とくに専門学校が多く集まっている『学園特区』。

 法律が独自ゆえに、できることの幅も広く、設備も外に比べて圧倒的に整っているおかげか、その技術力は頭ひとつ抜けて、世界のトップを走る『研究特区』。

 その名の通り、全部で五つの特区における法律・条令の制定、さらには開発特区全体の治安維持までをも行う『統括特区』。


 そして。俺が、これから向かうのが――。


 このきな臭い世界情勢の中で、日本の兵力となる人材を育成する――というのは当初の目的で、今では『戦闘行為』それ自体が、世界中の人々の注目を集める、一種のスポーツみたいな存在となっていて。


 世界で唯一無二と言っていいその場所へ、世界中から人が集まり、日々、戦い、競い合う――それが『』。


『経済特区』『学園特区』『研究特区』『統括特区』『戦闘特区』――五つの特区を総じて、『開発特区』と呼ぶらしい。


 初見じゃ勘違いしそうだ。というか、調べるまでは俺もしていた。


「戦闘特区行きの電車は……ああ、向こうか」


 路線図(とはいえ、開発特区の中央に位置する経済特区と、他四つの特区を往復する線しかないのだが)と電光掲示板を確認して、戦闘特区行きのホームへと歩いていく。


 流石は開発特区、外の電車よりも速いながらも、山に囲まれた地形特有の連続カーブを華麗に進んでいき、電車に揺られて三十分ほど。


 途中駅はなく、戦闘特区の中心部まで直通の電車を降りる。


 駅を出ると、目の前には――元々俺が住んでいた田舎とは比べ物にならない、高層ビルや様々な店の立ち並ぶ、まさに大都会の光景が広がっていた。


 これでも、経済特区には敵わないというのだから驚きだ。


 経済特区といえば、さっきまでいた場所ではあるが……空港や駅の建物から出ていないので、実際にどんな場所かは見ていない。そのうち、足を運んでみるのもアリだろう。


 ともかく――「まずは、戦闘特区に到着……っと」


 俺、明刻あけとき真斗まなとの――戦闘特区での新生活が、ついに始まったという実感が湧き上がり、どこかわくわくしてしまう自分がいた。



 ***



 戦闘特区に到着してから、まず最初にすべきこととして。とりあえず、区役所へ、転入届などを出しに行こうかと考えた。


 戦闘特区の中に引っ越すうえで必要な手続きだし、面倒ではあるが……先延ばしにしたところで、結局そのうち出さないといけないし。それなら、さっさと終わらせておいた方が楽だろう。


 ――なんて。一見なんでもない、いっときの選択が、俺の人生をも左右することは、今の俺に知る由もないのだった。


 ……とか言っておけば、きっとこれから、戦闘特区で今までに経験したことのない、刺激的な日々を送れるのだろうか? そんなことないか。


「区役所は……ここから少し離れてるっぽいな」


 特区内の主な移動手段は、外とは比べ物にならない間隔と台数で走っている『バス』。しかも、無料で乗り放題であり、そもそも自家用車を持つ人が少ない開発特区では、交通の中枢を担っている。


 だが、それ故にバス停の数や本数も多く、経路も複雑で、区役所行きのバスがどこに止まるかを調べるのにもひと苦労しそうだ。なので、


「……バスを使ってもいいけど、この街にも早く慣れておきたいし、ここはあえて、歩いてみようかな」


 そもそも初めての場所なのだから、自分の足で歩いてみるのも悪くはないだろう。

 ――都会の複雑な経路図はきっと、ひと目見ても理解できず、ワケの分からん場所へとたどり着いてしまう未来がチラつく自分に、そう遠回しで言い訳しながら――俺は、この都市を歩き始める。



 ***



 あちこちに目を向けながら、ゆっくり歩いている姿はきっと、周りから見ればおのぼりさんにしか見えないだろう。


 実際そうなので、仕方ないが――こうして、あちこちに目をやっていたからこそ、


「……うん? 何してるんだろう、あれ……」


 高層ビル群の間。行き止まりの路地裏の奥。


「なあ嬢ちゃんー、ちょっくらオレたちと、遊ばねえかぁ?」

「ははははッ、大丈夫、抵抗しなけりゃ痛くはしねえからよぉー!」

「ちょーっと若すぎる気はするが……へへっ、顔は大分好みだぜ? 上物、上物ーッと!」


 大柄な男の姿が三人。取り囲むようにしていてよく見えないが……俺と同年代くらいだろうか? 高校生から大学生くらいに見える少女が、すっかり困り果てた表情をしていた。


「なるほど。やっぱり戦闘特区、表向きはクリーンなイメージを保ってるけど、そりゃ、治安は悪くなる……よなぁ」


 『戦闘』という、血の気の多い仕事を生業としている人間が集まる場所。テレビなどのメディア越しで見ている分には、あまり感じないのだろうが――どう足掻いても、治安はいくら悪くなれど、良くはならないはずだ。


「この街では新参者の俺が、ここで出しゃばるのもどうかと思うけど……。でも、こういうのは、さすがに放っておけないかな」


 俺は、あえてコツン、コツンと靴で足音を鳴らしながら、路地裏へと足を踏み入れる。もちろん、こちらに注意を向けさせるためだった。


 想定通り、少女を囲んでいた男らがこちらを向くと、水を差されたせいか、不機嫌そうな表情をすると――中央に立っている、リーダー格らしい半グレの男が、荒々しい声でこちらに言い放つ。


「あァ? テメェ、何様だ? オレはこれでも『』なんだが?」

「……あいにく、俺はその『ランク』ってのは、良く分からないけど。君がどれほど強かったとしても、その子が嫌がっているのを、黙って見過ごすなんてできないな」

「ハッ、……テメェ、余所者かよ。ああ、新参なら知らなくても仕方ねえが――ここは、強さが正義の街なんだぜ? このオレに、口を出そうってンなら、?」


 言うと、リーダー格らしい男が――『ウオォォオアアアアアアアア――ッ!』と雄叫おたけびを上げながら、腰の剣を引き抜いて、こちらへ向かってくる。


 その動きは、ランクとやらを高らかに自慢してきただけあって、速い。……まあ、速いだけで、まったく隙がないかと言われれば、そんなこともないか。


 ならば、こちらも。戦闘特区へ行くにあたって、すぐに使う機会がやってくるかどうかはさておき、一応装備しておいた――黒い柄に銀色の刃の、使い慣れた長剣を抜きながら。


 俺は、たった一言、


「――《手繰刹那たぐりせつな》――ッ!!」


 同時。男の動きが、まるでスローモーションのように、ゆっくりになる。


 否――俺自身が、速くなったのだ。


 軽々と、慣れた手付きで長剣をひと振り。相手にケガがないよう、リーダー格の男がまとう衣服のみを、スパンと切り裂いた。


 それだけに留まらず、リーダー格の男の後ろに控えていた、二人の男がまとっていた衣服も同様に、軽く切り裂いておく。


 ――ここで、俺の時間感覚はもとに戻り。


「き、消えただとッ!? いや、速い……のか? って、いつの間に――ッ!」

「お、俺たちの服まで!? ……アイツ、一体……なんなんだ!?」


 リーダー格の男と、その後ろの片割れが、うろたえたように嘆く。


 対して、俺は続けて、一言だけ。



 ……まあ、流石に、実際に切ってしまうのは色々とマズいだろうし、さすがに脅しではあるが――どうやら、効果はバツグンのようだった。


「ま、マズいッスよ! リーダー、ここは逃げましょう!」

「そ、そうだな……、チッ、覚えておけッ! 調子に乗るなよ、余所者風情がッ!」


 そんな、マンガでありがちな捨て台詞を吐き捨てながら、三人の男は、慌てて走り去ってしまった。


 ……さて。俺は、驚いたように、呆然とこちらを見つめる少女へ声をかける。


「……君、大丈夫かい?」

「ええっと……その、ありがとうございます。助かりました」


 フリルを各所にあしらった純白の洋服に、黒いスカート。さらに、輝くような金色の、さらりふわりとしたロングヘアー。


 顔立ちからして日本人ではなく、少々大人っぽくも見えるが……外国人は大人っぽく見えるとも言うし。体格などからしてやはり、高校生くらいだろうか?


 一見、可憐なお嬢様のようにも見えるが、やはり戦闘特区の住民とあって、腰には二本の剣を携えている。少々珍しい、双剣というやつだろう。まるで彼女自体を象徴しているかのような、白に金色で装飾された、見るからに一級品の剣が左右で二本。


 そんな少女が、ぺこりとお辞儀してから、続けて。


「まさに、目にも留まらぬ剣技でした……。お名前、お伺いしても?」

明刻あけとき真斗まなと。あいつらの言う通り、ここに来たばかりで余所者の、ただの『開花者ブルーマー』だよ」


 俺が、自己紹介で話せるような特徴といえば……『開花者』であること。それくらいしかないだろう。

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