王子は震える

「あわわわわ……!」


 超高速で疾走する木馬の上で、ぼくは想像以上の力に翻弄されていた。

 何度も何度も試算し実験し改良した【指向性加速魔法陣リベラツィオーネ】の検証機は構造強度こそ万全ではあったものの。魔力の変換効率は、理論値の半分にも届いていない。“魔導無能者ティミドの能力を戦場で開花させる革新的技術”になると、父王や兄カウザには伝えたけど。それは机上の空論だった。

 無尽蔵の魔力を注ぎ込むことができれば、という使用条件は王都の魔導適性者アルディートたちには理解されなかった。彼らの魔力量や魔圧では、加速どころか稼働さえおぼつかなかったのだから。

 ヨタヨタと無様に這い回るだけのゴミ。カウザの評価は、ぼくの事前予想と同じだった。自分の魔力と魔圧ならば稼働させられたのに、設計者にしか使えない魔道具になんの意味があるのだろうと躊躇してしまったのだ。


「すまん、もう少しの辛抱じゃ!」


 尻を振って暴れる木馬を魔力操作と筋力で押さえ込み、イデア嬢はさらに魔力を注ぎ込む。これ以上は無理、と思ったぼくの予想を裏切って。ぼくらを乗せた木馬は荒れた道を矢のように突き進む。路上の段差をものともせず、青白い魔力光を振り撒きながら。

 まさか、設計値をはるかに超える性能を発揮してもらえるとは。職人冥利に尽きる……とはいえ。


「どうしたんじゃ、坊! 熱でも出よったか⁉︎」


 なんと答えたらいいんだろう。イデア嬢は、ぼくが振り落とされないようにと膝の上でしっかりと抱え込んでくれる。そのたびに豊かな胸が、ぼくを押さえて激しく揺れるのだ。温かく柔らかな感触と、ふんわりした甘い香り。失礼がないように逃れなければと身じろぎするものの、当たり前ながら疾駆する木馬の上に逃げる先などない。


「……だいじょうぶ、でふ!」


 混乱と振動で、口が回らず舌を噛む。邪魔しないようにしなきゃいけないのに、恥ずかしくて身悶えしそう。

 邪念を振り切って、ぼくは自分にできることを探す。

 使者が城を立ったのは朝の八時ル・オット。現在は、おそらく昼の二時ル・ドゥエ頃。問題は、五時間近くの先行がどれだけの距離になっているか。


「い、イデア嬢ッ、使者は最短で七十キロメートルキロメトロ、最長で……、百六十キロメトロ。最も早いと……ゆ、夕刻には追いつきますッ」


 そこで気づいた。この嬉し恥ずかしい状態が、最低でも二時間以上は続くんだってこと。なんなの、このむず痒い拷問。いつまで冷静さを保てるか、自信がなくなってくる。


「ほう」


 感心したように吐息を漏らして、イデア嬢はさらに木馬を加速させる。さすがにこれ以上は設計値を超えそうなんだけど。不思議なことに挙動が安定し始めた。

 彼女が操作に慣れたせいかとも思ったが、それとはどこか違ってる気がした。木馬自体が、理想的な走り方を見出したような感触。

 イデア嬢の膨大な魔力と魔圧、そして大胆で明確な魔力操作制御に、木馬が馴染み、始め合わせようとしているような。


「おかしな話じゃの。木馬こやつは、わしの気持ちに応えてくれる。そんな気がするんじゃ」


 やっぱり、彼女も同じことを感じてる。

 もちろん、そんなことはありえない。木馬は木馬だ。意思もなければ成長もしない。入力に対応するような機能もない。

 でも魔道具というのは、ときとして設計と違う挙動を返してくる。良し悪しはともかく、想定された数値からかけ離れた反応が起きることがあるのだ。


バグバーコ……?」


 危険な兆候は見られないが、不確定要素は事故を誘発する可能性もある。止めるべきかと迷うぼくをさらに強く抱き込んで、イデア嬢は嬉しそうに木馬へ声を掛ける。


「そうじゃ! 行け! おまえは、もっとはしれるはずじゃ!」


 木馬の魔法陣チェルキオに、淡い光が宿る。あふれて漏れ出す魔力光が、青白いものから輝くような純白に変わってゆく。


「……!」


 ぼくは思わず息を呑む。

 古い文献でしか、見たことがない。魔力と魔圧が高い魔導無能者ティミドのなかでも、ごく限られた者だけが持つという、超高純度の魔力スブリマツィオン


 キュイイイイイイィ……ンッ!


 舞い散る光の粒子を長く引いて、木馬はさらに加速する。駆け巡る魔力が魔導回路チルクイトを震わせ、甲高い音を立てる。まるで木馬が疾走する喜びに、いなないているかのように。

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