もののふ令嬢、突進す

 わずかに高くなった丘の中腹で、不自然に街道をふさぐ二頭立ての箱馬車。四、五百メートルメトロまで距離を詰めてゆくと、周囲にたむろする怪しげな男たちが見えてきた。

 服装は商人に見えなくもないが、体格がゴツすぎる。五人が五人とも顔を伏せ、後ろ手に武器を隠しておるのが怪しすぎじゃ。


「あれは、敵ですよね?」


 この街道を北に行ったところで、二頭立ての箱荷馬で利鞘が稼げるような栄えた街は二百数十キロメートルキロメトロ先までない。そこに行くにせよそこから帰ったにせよ、商人ならば大の男が五人も乗り合わせたりはせん。


盗賊かもしれんが、どのみち倒さねばいかんのは同じじゃ」


 わしがそういうと、幼き巨人は小さく笑う。


「安心しました」


 懐から取り出したのは、弾体を射出する魔術短杖バケッタ銀装騎兵部隊アルジェントをも屠った逸品ではあるが、道半ばにも至らんうちから使い続けるのもどうかのう。


ぼん投擲物矢だまの手持ちは?」


「魔導防御に対するものは、七発。ですが、雑兵相手なら石でも使えます」


 エフェット殿は言葉通り、ポケットタスカから丸い小石を取り出すと、筒状になった杖の開口部しりに込める。杖の反対側には、ごく小さな魔珠ジェンマ。それを心臓に当てるように構え、筒先を敵に向ける。


「速度はそのままでお願いします」


「了解じゃ」


 ぺん、と打ち出された石は一拍置いて、馬車の前にいた男の頭を砕く。魔力を絞ったのか、速度は銀装騎兵部隊アルジェントを射抜いたときの半分ほど。わずかに軌道が逸れたのは、本来の投擲物矢だまと違って形が歪なせいじゃろな。

 それでも当てるのは流石としかいいようがない。


 ふたり目は腹に石弾を喰らって転がり、くぐもった悲鳴をあげて悶絶する。

 隙をついて突進してきた三人目は、胸を貫かれて倒れる。その手からこぼれ落ちたのは、短く無骨な投擲槍ジャヴェロット。王国軍では使わん武器じゃ。


「もうよいぞ、ぼん


 三人目を屠ったところで、残りの二人は逃げに入った。となれば追いかけてまで殺す必要はなかろう。

 いま必要なのは北上する使者を止めることであって、敵勢力の殲滅ではない。


 とはいえ、敵の出てくるのが早すぎるような気はするのう。最初の騎兵たちも、いまの連中も。武器や装備が帝国のものじゃ。


「王国内に入っとる帝国軍兵士は、どれほどおるのかの」


「王宮で把握している数字では、百を少し超えるほどかと」


 親帝国派閥の貴族たちが私兵として抱えている平民のなかに、装備や流儀の違う者たちが混じっているらしい。


 わしの知る限り、帝国軍部隊が辺境伯領を突破したぬいたことはない。国内におるとしたら、少数が密かに潜入したか、王国内の売国奴が引き込んだか、民間人に偽装して入り込んだ奴らじゃ。

 そんな連中が南部の王都周辺に集まっておるという事実が、この国の病巣を表しとるのう。


 わしらは馬車の横をすり抜け、街道を北へとひた走る。ここに網を張るとしたら、足止めじゃ。道をふさぐための箱馬車も、五人しかおらん伏兵も。急ごしらえで場当たり的じゃの。使者はそれほど先行しとらんのかもしれん。


「少し急ぐぞ」


「はい!」


 わしは木馬に魔力を込め、速度を上げた。わだちの残った田舎道は車輪を揺らし、右に左に振り回そうとする。エフェット殿を落とさんように、膝の上に抱えながら覆いかぶさる格好になった。

 苦しげにモジモジしとるようじゃが、いまのわしには目を向ける余裕がない。派手に揺れ回る木馬を、まっすぐ走らせるので精一杯じゃ。ちょっとでも操作を誤れば、道から吹っ飛ぶ。


「すまん、もう少しの辛抱じゃ!」


「え……は、はいッ!」


 なんでか声が裏返っておるな。チラリと目を向けると、上気した顔で息を喘がせ、目を泳がせておった。


「どうしたんじゃ、坊! 熱でも出よったか⁉︎」


「ちが、むね……いえ、あの……だいじょうぶ、でふ!」


 見たところ、警戒するべき事態ではなさそうじゃが……。

 わからん。なにをアタフタしておるんじゃ?

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