もののふ令嬢、追撃す

「……ぼん⁉︎」


 くにゃくにゃと崩れ落ちたエフェット殿を、わしは慌てて抱き寄せる。魔力枯渇かと思ったものの、幼き身に宿る魔力はいまだ豊かにたぎりながら循環を続けておる。


「……あ、あの。……すみません。……なぜか、急に手足が……」


 いわれて触れると指先が冷たく、手足が震えておる。殲滅した後で武者震いというのも、あまり聞かん話じゃの。


「む?」


 そこまで考えて、ようやく答えにたどり着く。この御仁を知れば知るほど、規格外の怪物なんじゃと思い込んで、まったく考慮の外になっておったわ。


「そうか、ぬしは戦闘未経験者きむすめであったの」


「……きむ?」


「ああ、すまぬ。戦場いくさばでの粗野な物言いじゃ。つまりは、命のやりとりは初めてだったのであろう?」


 子犬のような元王子は、わしの言葉に素直にうなずく。


「であれば、誰でもが通る道じゃ。生きるか死ぬかの戦場で、その場は無我夢中で戦っていても、ことが済むと気が抜ける。身体の力も一緒に抜けるんじゃ」


 それで済んでおるのだから、幼いながらに豪胆な男子おのこじゃ。

 血に酔ったような興奮の後、生き延びた安堵とともに、忘れていた恐怖に襲われる。周囲に転がる敵味方の死体を見て、反吐を吐くなどかわいいものじゃ。若い兵の多くは腰が抜ける。尾籠びろうな話じゃが、大小を垂れ流すものさえおる。


「すまんのう。見事な初陣を果たした坊を休ませてやりたいんじゃが」


 わしは坊を横抱きにして、木馬に跨がり馬首を北へと向ける。

 朝に立ったという命書持ち使者を止めんことには、北部の戦線が開戦前に崩壊しかねん。


「わかっています。……わたしのことは、おかまいなく」


 まだ手足に力が入らんようじゃが、わしが膝の上に抱いとる限りは問題ない。

 多勢に無勢の殺し合いの後で、新たな殺し合いに向かおうというのに。おかしな話じゃ。

 胸の奥が、温かい。


「では、参ろうかの……うぉおッ⁉」


 浮かれた気持ちで魔力を流し込みすぎたか、木馬は尻を蹴り上げられたかのような勢いで走り始めた。魔力を込めたり緩めたりと繰り返しながら、強すぎず弱すぎずの上手い力加減を見出す。

 朝に出た停戦の使者はやうまに追いつくには、このくらいかの。遅すぎても意味はないが、はやりすぎても先が続かん。


「まだ百キロメートルキロメトロも先行していません。途中で馬を代えたとしても五日」


「木馬は疲れんからの」


 不思議じゃの。主語ソジェット意味合いの説明スピガツィオーネもなく。すべてを語らずとも、互いの考えておることがわかる。わかってもらえる。


「わたしとイデア嬢の魔力ならば、三日」


「二日目にはとらえられそうじゃ」


 相手の気持ちを読んでおるようでいて、少しだけ違う。似たような者同士が、似たように考えて答えを導く、その結果じゃな。


「「ふふっ」」


 わしと坊との笑みが重なる。同じようなことを考えて、そう考えておることも伝わったんじゃろ。

 北へと向かう道はいくつかあるが、急ぐ早馬が選ぶ道は決まっておる。シンティリオ辺境伯領に近づくにつれて選択肢は減り、道半ばで一本につながる。この速度ならば、その集合地点に至るのが二日目じゃ。距離にして三百と少し。


「初日に距離を稼いでおくか。不確定要素インチェルテッツァが多いようじゃからの」


 点在する村落を通り過ぎ、丘を越え谷を抜けて、木馬は街道を一気に北上してゆく。王家の馬車で延々と眺めていた光景が、あっという間に現れては遠ざかる。

 わしの愛馬でも、これほどの速度で走り続けることは難しかろう。


 ここまでは順調。気に掛かることがあるといえば、ひとつだけじゃ。


「“コルヴォ”、ですね」


 わしと同じく、おかしな魔力を感知したのじゃろう。エフェット殿が、わしの膝の上で天を見据えておる。

 怪しげな動きをする烏は、戦場でもよく見た。目立たず、賢く、力も強いので、魔導適性者アルディートでも魔導斥候リコニトーレの連中が好んで使役する。


落とすことはできますが」


「かまわんでよい」


 を殺したところで、次を送り込んでくるだけじゃ。警戒されるだけで意味はない。どのみち行き先は知られておる。害がない内は、好きなようにさせた方がよかろう。


「よいいくさ日和じゃの」


「まったくです」


 声に出さずとも伝わるとしても、言葉に出した方がよいこともある。

 わしは木馬を走らせながら、彼方から伝わるちりちりとした殺気に心をおどらせておった。

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