聖女は踊る

 王城の最上階。王と王妃だけが暮らすはずの豪奢な部屋で、“聖女”ピエタは長椅子にしどけなく身を横たえていた。

 目の前には、第二王妃パウーラ。あからさまに不遜なピエタの態度を見ても、なんの表情も表さない。“聖女”の名を持つとはいえ公爵家の令嬢でしかないピエタだが、母親は皇帝の実妹。帝国内での思惑も合わさり、皇位継承権帝国での身分は妾腹の第七皇女パウーラよりも上といる。

 そして、帝国の属領になることが決まったこの国で、もう王国内の身分差は意味を持たない。


「マギーアの国王老害は」


 ピエタの問いに、パウーラは無表情で答える。


「懲罰塔に幽閉しました。特別な処置トラタメントが済めば、王太子カウザへの王位禅譲を宣言させます」


「そして用が済めば処分スカルト? あなたの役目も、ようやく終わるわね」


 カウザは、帝国の意のままに操られる軽い御輿ファントチオとして担がれた。そのためだけに生まれたといってもいい。自分たち母子の行く末が幸せなわけがないとわかってはいたが、他に選べる道などない。

 王国にも、王国に遣わされた下級皇族たちにも。


「失礼いたします」


 宮廷魔導師団長が、ピエタに報告を行う。嘲笑うような笑みを浮かべたままの顔が固まり、怒りと憎しみに変わる。


「仕留め損ねた? あの無能を?」


「は。イデア・シンティリオの妨害が、あったのではないかと。あれはいくさ慣れしておりますから……」


「あいつも同じ魔導無能者無能でしょう。戦場の経験なら帝国銀装騎兵アルジェントの方が上のはずよ。それが、二十騎もやられたって、なんの冗談?」


「王国騎兵も含めれば五十三。増援を行いますか」


「追撃は不要。追尾監視者オッセルヴァトーレを。随時こちらに報告させなさい」


「は」


 命令を受けて宮廷魔導師団長が下がると、“聖女”ピエタは第二王妃パウーラに目を向ける。笑みを浮かべてはいるが、目だけはまったく笑っていない。


「嬉しそうね、皇女」


「とんでもございません。皇姪様」


「この程度で、計画は変わらないわ。過程プロセッシがどうだろうと、結果リゾルタートは同じ」


「ええ。違いがあるとしたら、“もたらす影響エフェット”、だけ」


 ピエタたちが取り逃がした第三王子の名に重ねて、パウーラは微笑みとともに挑発する。

 案の定、激昂したピエタはどす黒い顔で睨みつけてきた。この小娘に堪え性がないことくらいは、誰にでもわかる。自分の求めるものは得られて当然と思って生きてきたのだ。

 傲慢な無能は、不確定要素に弱い。愚かで浅慮な自分の息子には似合いの女だと、パウーラは腹のなかで笑う。


「……ふっ」


 そこで、ピエタは急に吐息を吐いて怒りを消した。感情と思考を切り離したのだ。パウーラは小娘の本性を、読み誤っていたと知る。


「他人事のようにいうのね、第二王妃。“因果の源カウザ”を生み出したのは、あなたじゃないの」


 逃げられないことなど、わかっていた。忘れたいことも、逃れたいことも。すべてがパウーラを縛る枷だ。


もうクァンド・始まってしまったシ・エイン・バーロ


 不遜な態度を取り戻したピエタが、唇だけを笑みのかたちに歪める。見据えてくるその目には、光も感情もない。まるで襲い掛かる前の毒蛇ヴィペラだと、パウーラはひそかに怖気おぞけをふるう。

 ピエタは顔を近づけ、恐怖の臭いでも嗅ぎつけたかのように小さく鼻を鳴らした。


戻る道ビソーニャなどない・バラーレ

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