もののふ令嬢、抱擁す

 エフェット殿が取り出した奇妙な魔術短杖バケッタを見て、わしは己の見識が浅かったことを知る。

 検証機だという木馬の【指向性加速魔法陣リベラツィオーネ】に触れてエフェット殿の潜在能力はわかったものの、正直それは未来への期待でしかなかった。

 十一やそこらのわらしが、稀代の才能を既に開花しているだなどと、誰が思おうか。


 あの魔法陣の先進性は、体内循環ばかりで外部放出ができぬ魔導無能者ティミドの魔力に、指向性むかう先を見出したこと。身体から離れると霧散するティミドの魔力に、魔道具を介して外部への影響力を与えた。それは魔導適性者アルディートをも凌ぐ、凄まじい力の発現じゃ。


 魔導回路チルクイトは“入力イングレッソ”から“参照リフェリメント”につながり、“選択シェルタ”の“目的地ディスティナツィオーネ”に至る。


 単純で明快な理論は、無限の可能性を秘めておる。

 木馬が動かせるのであれば、使用者の魔力と魔圧しだいで、もっと大きなものも動かせる。わしが思い付いたのは、小さな城に車輪をつけたものじゃ。いかな強者も害せぬ存在が自陣に向かってくるなど、悪夢以外のなにものでもない。

 しかしそれは、しょせん凡夫の発想。かの鬼才は、同じ魔法陣チェルキオを変えてきた。


「……ふむ。嚆矢はじめは任せてもよいかの」


「はい!」


 わしが問うと、元王子は子犬のような笑みを浮かべる。わしは抱き寄せて撫で倒したくなるのを、必死で堪える。

 その顔が、すぐにおとこの表情に変わったからじゃ。


 エフェット殿の手元で発光した魔法陣に刻まれたのは、わしの読み取れる限り“前方ダヴァンティ”のみ。杖に投擲物矢だまを込めれば、打ち出されたものは一直線に敵へと向かう。

 わしにはない発想じゃの。やはり、こやつは恐るべき才の持ち主じゃ。


「「うおおおおおおぉ……!」」


 突っ込んできた騎兵が、もんどり打って馬から落ちる。銀甲冑の胸には、弾体バッラが突き抜けた穴。危機を察しても突進する集団の勢いは止まらず、騎兵たちは次々に撃ち抜かれて屍と化す。


「なんだ、これは……ッ!」


 騎兵たちの叫びは、わしの思いでもある。

 あらゆる物理フィシカを拒絶する、魔法マギアの鎧。それが、薄紙のように貫かれる。超えられぬはずの属性アトゥリブートの壁を、単純な力の差で破壊する。

 己の目で見てもなお、信じられん。


「……化け物」


「ぬ?」


 騎兵たちの半数以上をほふると、エフェット殿はわしを見る。困ったような顔で、目を合わせずに。


「ずっと、そうでした。わたしが力を示さなければ無能とそしり、力を示すせば化け物とおとしめるのです」


 わしは笑う。


「弱者からすると、強者はすべて化け物じゃ。わしも戦場で、聞き飽きるほどにいわれたわ」


 射出式の魔術短杖バケッタによって、帝国軍の銀装騎兵部隊アルジェントは壊滅。後続の王国軍騎兵部隊も甚大な被害を受け、残りは十と少しを残すのみじゃ。戦力の八割を失ってもまだ戦意を失わんのは、わしらの死にそれだけの意味があるということじゃろ。


「見事な御業みわざじゃ。では、わしも少しは役に立ってみせよう」


 いっておる間に騎兵たちは矢の間合いから槍の間合いへと近づいてくる。その正面に立ち、わしは鞘を払う。


「……え?」


 鞘から抜いたわが剣に刀身はない。何かの間違いかと狼狽えるエフェットに、わしは微笑みとともに告げる。


「まあ、見ておれ。……秘剣、“無刀”ッ」


 剣の間合いへと入った敵に、わしは全力の斬撃を加える。

 我が身の魔力を剣へと流し込み、振り抜く一瞬だけ刀身を生み出す。空振ったような風音だけを残して、動きを止めた騎兵たちの身体が武器甲冑ごとへそから上下に両断される。

 物理フィシカは拒絶できても、純粋プーロ魔力マギアの刃は止められん。こちらが魔導無能者ティミドと侮った報いを、己の命であがなうことになる。


「……す、ごい」


 ほんの数秒で、十数名の騎兵は血飛沫と共に沈んだ。身に降りかかる飛沫を避けて剣を納めたわしを、エフェット殿はキラキラした目で見る。胸の内が淡く甘く熱を持つ。抱き寄せたい衝動に必死で抗う。

 イカンのう、この御仁はわしをダメにする。


「ぬしほどの知識も技術もないがの。わしが辺境伯領シンティリオのドワーフ工房と、手探りでなんとか形にしたものじゃ」


 鞘に納めた剣のなかごには、極く単純な魔法陣が刻まれておる。我が身に循環させた魔力を、ほんの一瞬だけ、ほんの半メートルメゾメトロだけ延長するというもの。

 エフェット殿が生み出した【指向性加速魔法陣リベラツィオーネ】とは比較にならんほど稚拙でお粗末な代物ではあるが。凡人は凡人なりに全力で足掻く、わしの泥臭い生き様そのものじゃ。


「数百は打ってみたんだがのう。あいにく、物になったのは二振りだけじゃ」


「ぼくもです」


 屈託ない笑みを浮かべて、エフェット殿は木馬を示す。


「これも、数百の失敗から生まれました。何度も諦めかけて。何度も絶望して。でも」


 わしを見る目は、眩いほどの光をたたえておった。


「最後に理想へとたどりつけば。それは失敗ではありません」


 心が折れねば、敗けではない。

 それはシンティリオ辺境伯領で皆が胸に抱く信条じゃ。なにを喪おうと。誰が倒れようと。決して諦めぬ、もののふの生き様。

 わしは我慢ができなくなって、エフェットの細い身体を掻き抱く。


「わっ! い、イデア、嬢⁉︎」


「もう離さんぞ。ぬしは、わしのもんじゃ。誰にもやらん」


 幼子が駄々をこねるようにいうと、腕のなかで坊がくつくつと笑った。

 抱き返してきた腕は、思ったよりもずっと強く優しく。


「ぼくも、離しません。やっと見つけた」


 その声は澄んで、まっすぐに甘い。


ぼくのイル・宝物テゾーロ

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