もののふ令嬢、告白す
「しっかりつかまっておれ
城内から出ると城門を突破し、木馬は王都を駆け抜ける。驚くほどの性能じゃ。魔力を込めれば込めるだけ速度が増し、舵を切れば右へ左へと俊敏に反応を返してくる。
わしは、激しく胸が躍るのを感じておった。これならば軍馬を超える力で、魔力の続く限り疾走することができる。路面さえ整っておれば早馬の二倍、いや短時間であれば三倍近い速さで駆け抜けることができるはずじゃ。
王都の外れまでくると、広く長い一本道。いよいよ全力の加速を試すときが来たようじゃの。
「とめてください」
「む?」
エフェット殿の声に、わしは注ぎ込む魔力を止める。木馬はゆっくりと速度を落とし、道の端で停止した。
幼き元王子は木馬から降りると、思いつめた顔でわしと向き合う。
「ここまでで、けっこうです」
「どうしたんじゃ、ここから先は辺境伯領までまっしぐらだというのに。
「いいえ。ですが、わたしに関われば、あなたにも、シンティリオ家にも災いが及びましょう。軍事はいうに及ばず、政治としてにも、貴族間の感情としても。ですから……」
わしはエフェット殿を見て、くつくつと笑いを漏らす。
そんなことか。まったく、この御仁は。この期に及んで、そんなことを気にしておられたか。
「このわしが。そんな
「些末なこと? いいえ、王国貴族としては致命的な……」
「そんなもの、知ったことではないわ。たとえ猟師であっても、懐に入ったならば窮鳥をも守り抜く。それが
エフェット殿は、ぽかんと呆けた顔でわしをたる。わずかに泳いだ目から、静かに光が消える。
「お気遣い、いただいたことには感謝します。兄の暴力から、助けてもらったことも。ですが、無能は無能なりに
自らの価値も知らず己を
怒りじゃ。
「わしが
「あなたの事情は、わかりません。ですが、武勇で知られるシンティリオの御令嬢が、手先が小器用なだけの無能を
気づけば、わしはエフェット殿の胸倉をつかんでおった。元とはいえ王子、一応仮にも婚約者という身でなければ極刑も免れん不敬であったが、知ったことか。
「――“魔力枯渇による魔力量および魔圧向上の観測”」
鼻が触れんばかりの距離で目を見据えながら言うと、エフェット殿の瞳が揺らいだ。目の奥に瞬いた光が、何かを求めて
「発表されたのは半年ほど前かの。執筆者の素性は不明、記名は“コンセグエンツァ”とあったが……」
わしは、木馬の首で光を放つ“
「あれは、
文体にこそ、わずかに幼さが残っていたが。その内容は驚くべきものであった。
「……なぜ、それを」
「見つけたのは、偶然じゃ。しかし、あれを読んだときには呆れて、思わず笑ってしもうたわ」
エフェット殿の目から、また光が消える。いまだ表情に幼さを残した元王子は、すぐに仮面のような笑みを浮かべた。
「ええ。目を通した者たち全てから嘲笑されましたね。頭が、おかしいと。無能は無能を受け入れるべきだと」
「そうかもしれんの。あれを理解せいというのは無理があるわ」
自らを検体にした過酷で危険な実験。だというのに、それを測定し分析する視線はあくまでも冷静……いや、むしろ冷酷ですらあった。驚くべきことに、その記録は一年に渡る。
あれほどの苦行を、まさかこのような
「しかし、わしが呆れたのも笑ったのも、理解できんからではない」
「……え?」
「驚いたからじゃ。……ここに、わしと
報われる保証もない、つらく地道な手探りの努力を、ただひたすらに重ねる。その重苦しい日々があったからこそ、いまのわしがある。そしてエフェット殿もじゃ。
わしの言葉をどう捉えるべきやら、坊の目は頼りなげに泳ぐ。
「体内魔力は二割を切れば、吐き気と
誰もが経験することではない。魔力枯渇に苦しむのは、ほとんどが己の魔力量も把握しきれん初心者のうち。二割そこそこで、多くは気を失うからじゃ。身体が
酔狂な阿呆か、決死の探究者だけじゃ。
「記述はされとらんかったがの。何度も、感じたんじゃろ? 枯渇寸前に沸き起こる不安感と恐怖感、そして……」
潤んだ目が、わしを見る。静かに、心が通じ合う。
「……なぜか押し寄せてくる、希死願望」
それを乗り越えた者にしか、“魔力枯渇による魔力量および魔圧向上”は得られん。そして、エフェット殿の身体に触れたとき、幼き体内に循環されている濃密で強固な魔力がハッキリと感じられた。
この御仁は、あの苦痛と恐怖を乗り越えたのじゃな。それも、何度も。
「本当に、よく研鑽を積んだものじゃの。同じ志を抱いたものとして、心から感服いたす」
「……!」
わずかな間を置いて、エフェット殿の目からぶわりと涙があふれる。泣きじゃくりながら、わしの胸にしがみついた。言葉にならない声を漏らすなか、ひとつだけ聞き取れた言葉があった。
「……
そうじゃ。あのとき、ぬしの論文を読んで。わしも、そう思ったんじゃ。
生まれて初めて、心が震えるのを感じたんじゃ。
見つけたと。
「
ずっと探していた、己が
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