もののふ令嬢、瞠目す

「おい! さっさと持ってこい!」


 王太子カウザが近衛兵たちを怒鳴りつけ、運ばれてきたものをこちらに蹴り出してくる。

 見ると、大人が乗れるほどの木馬であった。それは前後にふたつの車輪がついていて、ゆらりと揺れながらも倒れずに転がってきた。


「くだらん魔道具おもちゃを作るだけの魔導無能者のうなしは用済みというわけだ! 目障りなゴミを持って失せろ!」


 目の前まできた木馬を手で止めると、触れたところにほのかな光が生まれた。


「なんじゃ、これは?」


「……わたしが作った、【指向性加速魔法陣リベラツィオーネ】の検証機です」


「ほう……?」


 紋様に見えていた木馬の装飾は、魔法陣チェルキオであった。おそらく、線を描いているのは魔物から取り出した魔珠ジェンマ聖銀アルジェントヴェロと混ぜたものじゃろう。わしが指で触れるたび、柔らかな光が魔導回路チルクイトを浮かび上がらせる。

 魔導無能者ティミドであるわしに魔法は使えんが、魔法陣の基礎知識は頭に入っておる。光を目で追ううちに、これが何なのかに気づく。

 末王子エフェットが、なにをなそうとしていたのかも。


「無能が検証など、笑わせてくれる! “魔導無能者ティミドの能力を戦場で開花させる革新的技術”、だったか? ヨタヨタと無様に這い回るだけのゴミではないか!」


 王太子は無粋な口をはさみよるが、耳障りな罵りも貴族たちの追従笑いもわしの耳には入らん。指でひとつずつ紋様に触れ、浮かび上がった陣形から接続と構成をたどる。機能と目的を探る。


 “入力イングレッソ”と“参照リフェリメント”の間に、最低限の“選択シェルタ”が挟んであるだけ。木馬に込められた設計意図は、恐ろしく単純で明快じゃ。

 極限まで単純化させたのは、確実な起動と長期的な堅牢さを確保するため、そして無駄な魔力消費を避けるためじゃろう。その徹底した割り切りは、辺境伯領で武器や道具に求める条件に近い。確固たる意志が成した機能は、まさに革新的であった。


――これならば、武人の蛮用に耐え得る。


 木馬の頭に手を置くと、首輪の小さな飾り文字が瞬く。

 “必然的帰結コンセグエンツァ”……第三王子殿下の名である“結果エフェット”に掛けたものだとしたら、密かに刻んだ設計者の銘なのかもしれん。

 わしの記憶の中で、かつて聞き及んだ知識と繋がってゆく。


「なんとも、凄まじいものを作り上げたもんじゃの。ぼん、やはり、ぬしは大人たいじんじゃ!」


「え?」


 子犬のような王子を撫でまわしたい欲求を押さえる。幼気いたいけな童といえど、ひとかどの成果を挙げた男子おのこには無礼が過ぎよう。


「いますぐ出ていけ、エフェット。慈悲深い国王陛下は、貴様に領地を下げ渡すそうだ。辺境伯蛮族領とに接する、ぺスカの地をな!」


 吐き捨てるような王太子の言葉に、周囲の貴族たちから一斉に笑いが起きる。

 ぺスカは帝国に併呑された小王国で、亡くなったエフェット殿下の母君クオーレ妃の母国じゃ。そのためマジーア王国は帝国による併呑を認めず、自国の外縁領として扱ってきた。

 その後は辺境伯領軍が帝国軍を押し戻したことで緩衝地帯となり、現在いまふたたび戦場になろうとしておる悲運の地。

 汗も血も流さず守りもせんかったものを“下げ渡す”とは、ずいぶんと馬鹿にしてくれたものよの。


「兄上。国守の要である辺境伯家に対し、あまりに無礼な物言いではありませんか」


「知ったことか。シンティリオなど貴様と同じ、を振り回すしか能のない魔導無能者できそこない亜人半獣の巣窟……」


 ぶわりと、怒りが身中に湧き上がった。


「よく、聞こえませんでしたな。王太子殿下。いまシンティリオの民を、なんと?」


「……ぐ、ッく……」


 剣は抜かぬし、手も出さぬ。ただ確固たる意思を込めた圧だけを送る。虚弱な王太子はそれだけで口を閉ざし、蒼褪めた顔で震え上がった。周囲の貴族たちまで硬直して息を呑み、婦人のなかには倒れる者まで出る始末。


「シンティリオ、辺境伯家令嬢ッ」


 見かねた近衛兵が止めに入ろうとするが、城の飾りでしかないこやつらに、わしを止めるほどの力はない。


「おや、これは失礼。ご高説いただいた魔導適性者アルディートというのは、ずいぶんとひ弱なものですな。魔導無能者ティミドの魔力に触れただけで恐慌状態パニーコですか」


 体内魔力を魔法として放出可能な魔導適性者アルディートと違い、常に体内循環し続けている魔導無能者ティミドの方が魔力量や魔圧は高い。

 さらに魔力を身体強化に振り切って行使し続けてきた辺境伯領の猛者たちなど、魔力だけで言えば質量ともに宮廷筆頭魔導師を優に超える。


「思い上がるなよ、イデア・シンティリオ! 貴様ら、ごとき……我らが戦場に立てば、戦術魔法で粉微塵に……ッ!」


戦闘未経験者きむすめほど甘い夢を見るものじゃ。そのくせ殺意に触れると、たちまちを垂れ流して泣き喚く」


 わしは笑いながら近づくと、王太子にしか聞こえない声で囁く。


「この場で、試してみますかな?」


 カウザは両足をすり合わせ、脂汗を流しながら小さく首を振った。

 武士もののふ温情なさけじゃ。わしが威圧を解くと、王太子は崩れ落ちるように膝を突く。


「では。戦時ゆえ、これにて帰参させていただく」

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