もののふ令嬢、瞠目す
「おい! さっさと持ってこい!」
王太子カウザが近衛兵たちを怒鳴りつけ、運ばれてきたものをこちらに蹴り出してくる。
見ると、大人が乗れるほどの木馬であった。それは前後にふたつの車輪がついていて、ゆらりと揺れながらも倒れずに転がってきた。
「くだらん
目の前まできた木馬を手で止めると、触れたところにほのかな光が生まれた。
「なんじゃ、これは?」
「……わたしが作った、【
「ほう……?」
紋様に見えていた木馬の装飾は、
末王子エフェットが、
「無能が検証など、笑わせてくれる! “
王太子は無粋な口をはさみよるが、耳障りな罵りも貴族たちの追従笑いもわしの耳には入らん。指でひとつずつ紋様に触れ、浮かび上がった陣形から接続と構成をたどる。機能と目的を探る。
“
極限まで単純化させたのは、確実な起動と長期的な堅牢さを確保するため、そして無駄な魔力消費を避けるためじゃろう。その徹底した割り切りは、辺境伯領で武器や道具に求める条件に近い。確固たる意志が成した機能は、まさに革新的であった。
――これならば、武人の蛮用に耐え得る。
木馬の頭に手を置くと、首輪の小さな飾り文字が瞬く。
“
わしの記憶の中で、かつて聞き及んだ知識と繋がってゆく。
「なんとも、凄まじいものを作り上げたもんじゃの。
「え?」
子犬のような王子を撫でまわしたい欲求を押さえる。
「いますぐ出ていけ、エフェット。慈悲深い国王陛下は、貴様に領地を下げ渡すそうだ。
吐き捨てるような王太子の言葉に、周囲の貴族たちから一斉に笑いが起きる。
ぺスカは帝国に併呑された小王国で、亡くなったエフェット殿下の母君クオーレ妃の母国じゃ。そのためマジーア王国は帝国による併呑を認めず、自国の外縁領として扱ってきた。
その後は辺境伯領軍が帝国軍を押し戻したことで緩衝地帯となり、
汗も血も流さず守りもせんかったものを“下げ渡す”とは、ずいぶんと馬鹿にしてくれたものよの。
「兄上。国守の要である辺境伯家に対し、あまりに無礼な物言いではありませんか」
「知ったことか。シンティリオなど貴様と同じ、
ぶわりと、怒りが身中に湧き上がった。
「よく、聞こえませんでしたな。王太子殿下。いまシンティリオの民を、なんと?」
「……ぐ、ッく……」
剣は抜かぬし、手も出さぬ。ただ確固たる意思を込めた圧だけを送る。虚弱な王太子はそれだけで口を閉ざし、蒼褪めた顔で震え上がった。周囲の貴族たちまで硬直して息を呑み、婦人のなかには倒れる者まで出る始末。
「シンティリオ、辺境伯家令嬢ッ」
見かねた近衛兵が止めに入ろうとするが、城の飾りでしかないこやつらに、わしを止めるほどの力はない。
「おや、これは失礼。ご高説いただいた
体内魔力を魔法として放出可能な
さらに魔力を身体強化に振り切って行使し続けてきた辺境伯領の猛者たちなど、魔力だけで言えば質量ともに宮廷筆頭魔導師を優に超える。
「思い上がるなよ、イデア・シンティリオ! 貴様ら、ごとき……我らが戦場に立てば、戦術魔法で粉微塵に……ッ!」
「
わしは笑いながら近づくと、王太子にしか聞こえない声で囁く。
「この場で、試してみますかな?」
カウザは両足をすり合わせ、脂汗を流しながら小さく首を振った。
「では。戦時ゆえ、これにて帰参させていただく」
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