もののふ令嬢、決別す

「もうよい」


 玉座の国王陛下が手を上げ、ぼそりと呟く。

 その声を聞いた貴族たちが胸に手を当て、近衛兵たちが片膝をついた。わしも胸に手を当ててはおるが。そこに敬意はない。自らの立場を表明するだけの、形式上のものじゃ。

 国王の判断が読めてきたいま、国父として仕えるべき相手とは思えんようになっておった。


「父上! この女は不敬罪で処刑するべきです!」


 王太子カウザの抗議を無視して、国王は列席した貴族たちに告げる。


「聞いての通りだ。今宵を以て、王子エフェットと“聖女”ピエタ・カプリチオとの婚約を解消する。その上で、王太子カウザとの婚約を結ぶ」


 貴族たちからの、どよめきとざわめき。半分は喜び、だがもう半分は困惑に近いようだ。

 こちらを見据えたまま、国王は続けた。


「エフェットには王籍からの排除、……そして、辺境伯家シンティリオへの臣籍降下こうかを。……これは、王命である」


 王命というより懇願であろうな。ピエタの母であるカプリチオの細君も、カウザの母である第二王妃も。元は帝国の出。北部国境を侵犯するより早く、王都が浸食されたというわけじゃ。

 王は傀儡として取り込まれ、もはや身動きがとれぬ。帝国に併呑された小王国ぺスカの血を引く末子エフェット殿下は排除の対象、このままでは事故か病で消されるであろうな。それを避けるには、辺境伯領きたへ逃がすより他にない。


「願ってもないことじゃ!」


「えッ⁉」


 傍らで立ち尽くしたままのエフェット王子が、不安そうな顔でわしを見る。

 なにを縮こまっておられるやら。まったく、広く世を見通す傑物に限って、己が器だけは測ろうとせぬ。その身に宿す力は、龍にも及ぼうというのに。

 王の言葉は口先だけではなく、文官から王家の印璽がされた婚姻の契約書を手渡される。それを受け取り懐に納めると、わしは登城して初めて心からの笑みを浮かべた。


「国王陛下に、感謝を申し上げる!」

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