小話3 Green-eyed monster〜嫉妬〜

 ヴィダルは聖騎士だ。教会に所属していて、お役目で各地へ出向く聖職者たちの護衛が主な仕事である。

 今回の仕事は、辺境の地バルリオスへ派遣されたアルヴァ司教の護衛と、赴任先での活動支援。同じ聖騎士である同僚と共に、荷馬車の御者台に座ってバルリオスを目指す。


「あ゛〜……本当に……なんで僕なんだぁ〜」


 道中、アルヴァ司教は頭を抱え続けていた。


「バルリオスには、勇者様がいらっしゃるんですよね?」


 アルヴァ司教は、聖女と勇者と共に魔王討伐の旅をしたお人。


「そう。だからこそ嫌なんだ」


 勇者とバルリオス辺境伯の結婚の立ち会い人にもなったほど、親しい間柄だと聞いている。


「イヴァンは、ちょっと狂ってる。そんでもって、すごく怖い」


 アルヴァ司教のこの言葉を身をもって体験することになるとは、この時は思いもしなかった。


   ※


 バルリオス城は、王都の城と違って華やかさは皆無。堅牢で実用的なその城に、ヴィダルは好感を抱いた。


「よく来てくれた。長旅、ご苦労だったな」

 

 その城の主であるバルリオス辺境伯は、気さくな人柄のように見受けられた。


「久しいな、アルヴァ司教。あなたが来てくれるとは思わなかった」

「弱体化したとはいえ、魔族も魔物も消滅したわけではありませんからね。魔の地を旅したという理由で、バルリオスへの赴任は僕が適任であると判断されました」

「聖騎士たちは、見覚えのない方々だが」


 金の瞳が向けられて、ヴィダルは同僚と共に頭を下げる。アルヴァ司教が、ヴィダルと同僚を辺境伯に紹介してくれた。


「魔王討伐の旅に同行した者がバルリオスに集まり過ぎては、リングホルム王の不興を買いますから」

「そうか。教会の配慮に感謝する。イヴァンには、もう会ったか?」

「いえ。到着してまっすぐこちらへ来ましたし……できれば、会いたくはないです」

「ははっ。まだ苦手なのか?」

「苦手……とても柔らかな表現ですね」

「嫌いというほど強い感情ではないと思ったが、違うか?」


 優しく細められた金の瞳を見て、ヴィダルは思う。

 バルリオスの人々は野蛮であるというのが通説だが、どうやらそれは、ただの噂に過ぎなかったようだ。珍しい黒髪に金眼を持った目の前の女性には、そのような言葉は似つかわしくない。


「旅の間は、はっきり言ってイカれた男だと思っていましたがね。辺境伯がおそばにいれば、躾の行き届いた狼といったところでしょうか」

「無闇矢鱈に噛みついたりはしないから、安心してくれ」

「そう願います」

「それはそうと――」


 何の前触れもなく、辺境伯の視線がヴィダルたち聖騎士へと向けられた。


「良い筋肉だなぁ。聖騎士には、イヴァンのような体付きの者たちしかいないものかと思っていたが」

「あれはクリスティーナ様の趣味です。旅に同行する聖騎士は、クリスティーナ様が指名されましたから」

「聖騎士には女性もいると聞いたのだが、今回は連れて来なかったのか?」

「女性なんて連れてきて、イヴァンに惚れたら面倒じゃないですか」

「そんな簡単に恋愛感情は生まれんだろう」

「辺境伯様は、ご自分の夫君がとてつもなく見目の良い男だと、ちゃんと認識してください」

「しているさ。だが理解はできん」


 アルヴァ司教と辺境伯の気心が知れた会話に耳を傾けていたのだが、唐突に、強い殺気が向けられていることを感じてヴィダルと同僚は剣の柄に触れる。


「リリアーデ」


 それは、辺境伯の名だったはずだ。


「ああ、イヴァン。来たのか」


 いつの間に、どこから現れたのか。輝くような金糸の髪に宝石のような緑の瞳を持った、まるで作り物みたいな男が辺境伯の隣に並ぶ。


「これから騎士団のほうへ案内するつもりだったんだが。相変わらず、速いな」


 バルリオスの紋章である牙を剥いた狼が、男の耳元で揺れていた。


「あなた好みの筋肉ダルマが来たと報告があったので、駆けつけました」

「失礼だな。人を浮気者みたいに言うな」


 殺気の出どころは、この男だ。なぜか男は、ヴィダルと同僚に敵意を向けている。

 アルヴァ司教は青い顔をして、辺境伯の陰へと身を隠した。


「アルヴァ」

「な、なんだよっ」

「リリィに触るな」

「触ってない! けど、ここが一番安全なんだ!」


 姿絵を見たことがあるから知っている。この異様に見目の良い、緑の瞳を持った男こそが、勇者だ。

 だが何故、勇者から敵意を向けられているのかがヴィダルにはわからない。

 どう対処すべきか様子を伺っていると、ぺちりとかわいらしい音が響いて、張り詰めた空気を掻き消した。


「こら、イヴァン!」


 音の出どころは勇者の額。

 辺境伯が、勇者の額を平手で叩いたようだった。


「はい。リリィ」


 全く痛そうな音ではなかったからか、叩かれたというのにとろけそうな甘い表情で、勇者は辺境伯を見つめる。


「嫉妬をまき散らすんじゃない」


 勇者の両手が辺境伯の腰へと回り、抱き寄せた。


「俺が嫉妬すると理解しているなら、筋肉ダルマに見惚れないでください」

「別に見惚れていたわけじゃない」


 辺境伯のほうも、それに頓着せず会話を続ける。

 周囲の反応を見るに、どうやらこれは、いつものことであるようだ。


「あのように成果が形になるのは、さぞかし楽しいだろうなと思うんだ」

「リリアーデが筋肉ダルマでも愛しています」

「私もお前と同じで、ああいう筋肉は付けられないよ」


 仕方のないやつだなと笑って、辺境伯は当たり前のように勇者の腕へと己の腕を絡めて、振り返る。

 勇者は、辺境伯の動きに素直に従った。

 辺境伯がヴィダルと同僚の名を呼び、謝罪を口にする。


「私の夫だ。騎士団長をしているから、何かと関わることになると思う。よろしく頼む」

「リリアーデに色目を使えばその筋肉削ぎ落としてやる」

「イヴァン!」

「挨拶です」


 怒った辺境伯が勇者の耳を引っ張るも痛みはないようで、なぜか勇者は幸せそうに笑っている。


「嘘でしょ……君たちとのトラブルを避けるために、見目の良い男と女性を候補から外した僕の気遣い、無駄だったの?」

「気を遣わせたようで、悪かったなぁ」

「アルヴァは俺に喧嘩を売った」

「ひぃっ!! 売ってないよ!」


 アルヴァ司教が恐れを抱いていた勇者の逆鱗は、妻のバルリオス辺境伯であることは理解した。牙を剥けば恐ろしい狼の尾を踏まぬよう、バルリオスでの生活で最も注意すべきことを初日で学べたことを、ヴィダルは女神へ感謝したのだった。

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