小話2 幼い恋の見守り隊

 バルリオスは、王国の端に位置する辺境の地。魔の地と接しているために、魔の地からやってくる魔物を駆除することを生業としている者たちが暮らしている。戦えない者は、魔物から取れる素材を加工して他領へ売ることで収入を得ていた。

 ある時から、魔物の上位種である人形の魔物――後に魔族と命名された者たちが襲ってくるようになり、魔の地との戦争が始まった。

 領主である辺境伯家が先陣を切ることで、終わりない戦いへの士気を何とか保っていたのだが……ついに、異民族の混血である少女だけを残し、長いこと続いた辺境伯家は死に絶えてしまう。


 齢十一にして辺境伯となった少女は聡明だが、頻繁に鼻から血を流して意識を失った。

 辺境伯よりもさらに幼い婚約者は騎士団の見習いで、領地と騎士団を背負うことは、まだできない。


 この頃のバルリオスでは、家臣にも民にも、不安が蔓延していた。


「大丈夫だ。私を信じろ」


 幼い辺境伯の口から、度々紡がれた言葉。

 彼女は頻繁に民のもとへと足を運んだ。騎士団にも、よく姿を見せた。

 民の前では常に笑顔を絶やさず堂々としている彼女の鼻から血が流れ出るのは、執務室か魔族との戦闘の指揮を執る時。

 家臣たちの間では、辺境伯リリアーデには何らかの特殊な能力があるのではないかという疑いが生まれていたが、誰もそれを大きな声で話題にすることはなかった。

 彼女を失えばバルリオスは滅びると、誰もが理解していたからだ。

 幼い主君を守るという目的のもとで、家臣たちの団結は強固なものだった。


 だが、鼻血と気絶の原因を解明できず、焦りばかりが募る日々。


「リリィ」


 幼い主君の、さらに幼い婚約者――イヴァン・グレンデスには剣の才があった。戦の神に愛された少年の身体能力は、普通の人間のそれではない。


「ああ、イヴァン。無茶はしていないか?」


 幼い主君と、さらに幼い婚約者が結ばれれば、バルリオスは立ち直れる。


「多少の無茶ぐらいしなければ、守れませんよ」


 そう信じてバルリオスの家臣たちは、幼い二人を見守っていた。


「そうか。……そうだな。我が婚約者殿は頼もしい」


 辺境伯のほうには恋の片鱗は見当たらない。


「リリアーデは、僕が守ります!」


 婚約者のほうには、淡い恋心が見受けられる。

 厳しい情勢の中でも人々が希望を捨てずにいられたのは、リリアーデとイヴァンが、バルリオスに居たからだ。


 イヴァン・グレンデスは、侯爵家の次男。父も兄もそれなりに剣は扱えるが、イヴァンは、まるで突然変異のように戦闘への才能に恵まれ過ぎていた。そのため、侯爵はバルリオスに息子を託すことにしたのだ。

 バルリオスとしても、イヴァンの才能は喉から手が出るほどに欲しいものだった。

 そうして結ばれた婚約だったが、当人たちはマイペースに絆を育んでいる様子。

 それを見守ることが、城で働く大人たちの楽しみでもあった。


「イヴァン様、領主様がいらしてますよ」


 騎士の一人が声を掛ければ、金髪に緑の瞳の少年はすぐに反応して辺りを見回す。大人たちに囲まれた少女の姿を見つけると、パッと明るく輝く表情。

 作り物のような少年が、血の通う人間になる瞬間だ。


「行かれても良いのですよ」


 あまりにもそわそわとしているために提案すれば、少年は首を横に振る。


「邪魔をするわけにはいかない」

「邪魔なんてことは、ないと思いますが」

「いいんだ。僕は、僕のやるべきことをしないとならない。……顔が見れただけで、うれしいし」

「そうですか」


 そうやって微笑ましく見守る者もいれば、少年の淡い恋心を理解したうえで、からかう者もいて……。


「いつも思うんですけど、領主様が団長に向ける視線、恋する乙女じゃないっすか?」

「ああ、確かに。うっとりっていうか、そんな感じだよな」

「領主様は恐らく、筋肉がお好きなんだよ」


 それを聞いた少年は、己の腕を見つめる。


「イヴァン様は成長期ですから、まだこれからですよ」


 そんな会話が繰り広げられていることとはつゆ知らず、彼らと離れた位置で、話題に上っていた少女は騎士団長と言葉を交わしていた。


「イヴァンは、どうだろうか?」


 騎士団長の顔に走る傷へと視線を定めた幼い領主を見下ろして、騎士団長は目元を優しく細める。


「心配ですか?」

「当然だろう。あの子は、優しいから」


 騎士団長と少女では、話題に上っている少年に対する認識に齟齬がある。

 少年は確かに優しいのかもしれないが、その優しさは万人には向けられない。彼には冷徹な面が確かに存在していて、身体能力以外でも、戦闘職への適性が高いのだ。


「彼は強い子です」

「そうだが、まだ子どもだ」


 それはあなたもだと、その場に居合わせた誰もが思ったが、誰も口にはしなかった。

 少女も少年も、無理にでも背伸びをして早く大人にならなければいけない環境に身を置いている。それを不憫だと思いつつも、代わってやることは、誰にもできない。


「リリィ!」


 話題にのぼっていた少年が、少女を呼んだ。


「イヴァン」


 駆け寄って来る少年へと、少女が視線を移す。

 少女の視線が騎士団長から己へと向いたことに対する安堵が、少年の顔ににじみ出た。

 少年が抱いている嫉妬の感情を察知して、騎士団長は、一歩後退する。


「見回りに同行したんだって?」

「はい! 安心してください。魔物も魔族も、ここには近付かせません!」

「……そうか」


 短い言葉を交わしてすぐ、少女の視線は騎士団長へと戻った。

 状況報告を求める声に応えつつ、騎士団長は内心で苦く笑う。

 少女の視線をひとりじめできずに拗ねている少年は気付いていないようだが、彼女がここへ来たのは、婚約者の少年が心配だったからだ。少年の無事と無傷を、仕事を言い訳に確認しに来たのだろう。


 少年が少女へ抱くのは、年相応の恋心。


 少女が少年へと抱く感情は、恋愛という言葉で片付けるには、少し重たい何か。


 本人さえ自覚していないそれを感じ取っているのは、もしかしたら、騎士団長だけなのかもしれない。

 忠誠を捧げた主君と、その婚約者。

 幼い二人をバルリオスの人々は、密やかに見守り続けている。

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