第14話

 魔王討伐を祝した宴は王都の各地で催され、王城も例に漏れず、着飾った貴族たちが集まった。

 きらびやかな装飾に、妙なる調べ。

 表面上はにこやかさを保ちつつも国王は、うまくいかなかった事柄に腹を立てていた。


 第一王女が聖女となったことは運が良かった。

 王族が魔族との戦いに逃げ腰だった事実から、国民の目を背ける機会を得られた。だが、勇者がバルリオス辺境伯の婚約者だったのは、上手くない。

 バルリオス辺境伯は代々、国民の英雄なのだ。辺境伯家がなければ、とうに国土は蹂躙されていたことだろう。

 バルリオス辺境伯家が勇者を得てしまっては、王族の立場が揺らぐ。

 それでは困るから、魔族とすら手を組もうとした。

 バルリオスとグレンデスの大地をくれてやる代わりに、それ以上の侵攻はしないことを約束させるつもりだった。魔族たちにとってバルリオスは憎き敵であったし、たとえ魔族が裏切り攻め込んできたとしても、全戦力を前線に投入して持ちこたえれば、勇者と聖女が魔王を倒してくれるはずだと考えていた。


 結局その謀略は、失敗した。


 バルリオスが持つ、妖しい金の瞳が昔から嫌いだった。

 あの瞳に映されると、弱虫だと蔑まれているような、嫌な気持ちが湧いてくる。

 娘と同じ年頃の小娘が王都まで乗り込んで来たときには、頭の血管が切れるかと思ったほどだ。


 全ての謀が失敗した今、この先の選択肢を誤ることはできない。


 下手なことをしてしまえば国民の支持を失って、王家の失墜に繋がりかねないからだ。


「リングホルムの太陽、国王陛下へ拝謁します」


 勇者の耳元で、牙を剥いた狼が揺れている。


 クリスティーナが聖女だとわかったときは、歓喜した。厄介な教会との橋渡しとなる存在を手にできたからだ。

 だが、己の手に入らなかった勇者という存在は、目障りだ。いくら辺境伯家が国に属しているとはいえ、王家を脅かす存在にならない保証はどこにもない。


 世界を救った勇者を称える言葉を吐きつつも、何とか排除できないものかと考える。


「して、褒美に何を望む?」


 だがしかし、排除も今となっては難しい。

 バルリオスは聖女一行を連れて王都へ入った。

 誰もが狼の紋章を目にし、聖女と勇者と英雄の家系の交流を知ってしまった。


「僭越ながら申し上げます」


 バルリオスはいまや国民のみならず、教会を味方に付けたも同然だ。


「良い。何でも申してみよ」

「私が勇者の任をお受けしたのは、バルリオス辺境伯のためです」

「……なんだと?」

「愛する妻と、妻の領地を守るため、本来ならバルリオスを離れるつもりはありませんでした。ですが辺境伯は私に言ったのです。バルリオスのみならず世界を救えと。世界を救ったのは、私の妻リリアーデです」


 国王は人知れず、奥歯を噛み締めた。

 いくら憎たらしく思っていても公の場でそれを見せては、それこそ狼に喉元を喰い破られるだろう。

 国王はバルリオスが滅ぶことを望んでいた。だからこそ、バルリオスが窮地に立たされても助けなかった。

 それは、劣等感から派生した憎悪のため。


「バルリオス辺境伯、こちらへ」


 夜空のようなドレスをまとった妙齢の女性が進み出る。

 異民族の血を表す黒髪に、バルリオスである証明の金色の瞳持った女は、勇者の隣で膝を付き頭を垂れた。


「リングホルムの太陽、国王陛下へ拝謁します」

「辺境伯」

「はい。陛下」

「望みを言え」


 こうなっては、負けを認めざるを得ない。

 この場での出来事は、すぐに世間に広まるだろう。勇者の愛の物語などと、面白おかしく脚色されて。そんな中でバルリオスに手を掛ければ、それこそ滅びの道となってしまう。


 到着時の謁見では、勇者がこれだけの美男子なのだから、辺境伯が惚れ込むのは当然のことだと思うだけだった。辺境伯が手を回し、勇者を手に入れたのだろうと考えていた。

 だからこそ勇者のみを呼んで、望みを聞いたのだ。

 だがまさか、その逆だとは。


 辺境伯は平然と勇者の隣に並んだのに対して、勇者の視線は、あまりにもあからさまだった。

 明らかに勇者は、妻の正装姿に見惚れている。

 これに気付かなかったとは……憎しみは、人の目を曇らせる。


「恐れながら陛下。バルリオスは長年の魔族との戦闘により疲弊しております。その復旧に必要な資金の援助と、教会への司祭派遣の口添えをお願いできないでしょうか」


 世界を救ったにしては、あまりにささやかな願い。

 王家の弱みを握る者が提示するには、控えめな代償。

 それは、バルリオスに王家と敵対する意志はないとの意思表示だった。

 国土を守り世界を救ったバルリオスへ救いの手を差し伸べることにより王家の面目が保たれることとなったため、溜飲を下げることを、国王は決めた。



   ※



 神経を使う対応を終えて、ほっと息を吐く。

 いくらきれいな物が好きでも、王宮という場所は好きになれないなと、リリアーデは感じてしまう。

 一見きれいなのに、どろどろした空気が流れているような気がするのだ。

 国王から向けられる視線が、決して好意的なものではないのは気付いていた。理由はわからないが、バルリオスを嫌っていることは伝わってきた。

 リリアーデは、過去も人の感情も視えない。

 視えるのは未来だけ。

 過去を探ることはできないが未来を探ることならできるから、最前の道を探しながら、前へと進む。


「リリアーデ!」


 呼ばれ、視線を向けた先には、銀髪に紺碧の瞳を持った女性の姿。


「クリスティーナ様」


 軽く頭を下げて礼をとる。


「一人?」

「イヴァンは、飲み物を取りに行っています」


 するりと腕が、絡まった。

 バルリオスで過ごす時間の中で、気付けばリリアーデは、クリスティーナに懐かれていた。


「意外だわ、あなたを一人にするなんて」

「そうですか? 私たちは常に共にいるわけではないですよ」


 本来は、別行動が多い。

 今はイヴァンが休暇中だから、常に共に行動しているように見えるだけだ。


「ここは怖い場所なのよ」

「そのようですね」

「久しぶりに戻ってきて、思い出したわ。バルリオスとは違い、互いの足を引っ張り合うのが好きな者たちの住処だから」

「そんな中でも、友人の助けがあったので上手く事が運べました」


 クリスティーナに頼んだのは、王太子の気を引くこと。王と王太子が情報交換することを避けておくほうが、先見の結果が良かったからだ。


「リリアーデの力になれて、うれしいわ」


 ふわりと花開くようにクリスティーナは笑う。

 周囲の人々が、その美しさに感嘆のため息をこぼした。


「少し目を離しただけなのに、俺の妻に虫が付いているな」


 そこへやってきた青年により、人々の関心はさらに高まりを見せる。

 女神が作りだした最高傑作のような容姿の聖女と勇者。その二人と親密な様子の女性は、異民族の混血だとわかる黒髪と金の瞳が物珍しい。


「あら、誰のことかしら?」


 凍てつくような笑顔で応じたクリスティーナを無視して、イヴァンがリリアーデへと温かな笑みを向けた。


「リリィが好きな桃のジュースがありましたよ。それと、小腹が空いているかと思い、軽くつまめる物もお持ちしました」

「ありがとう。すまないな」

「足はどうですか?」

「んー……少し痛い。ドレスは肩が凝るな。慣れない装いは、身動きが取りづらくて困る」

「リリィがつらいのは心苦しいですが、とてもお似合いです。できるなら、すぐにでもバルリオスへ連れ帰って閉じ込めてしまいたい」

「今でも充分閉じこもっているぞ?」

「そうではなく、俺だけのものとして。誰にも会わせたくないんです」

「軟禁か。政務はしてもいいか?」

「俺が間に立ちます」

「そうか。それなら、まあ、いいか」

「……許しちゃだめですよ、リリアーデ」 


 イヴァンが楽しそうに笑って、リリアーデの頬も緩む。リリアーデは、イヴァンがうれしそうだと幸せな気持ちになる。

 魔王討伐の旅以降、イヴァンの情緒は少し不安定な状態だ。やたらと触れ合いたがるし、たまにリリアーデを試すようなことも言う。

 それほど過酷な旅をしたのだろうと思えば、出来る限りのことをしてやりたい。


「帰りを待っていたのがリリアーデのような人で、勇者様が羨ましいわ」


 クリスティーナは、イヴァンの名前を頑なに呼ぼうとしない。何故かと問うてみたら、旅の間に名前のことで恐ろしい思いをしたのだと言っていた。

 聖女であるクリスティーナと勇者であるイヴァンの関係は、最近では少しだけ、改善されているようだ。


「リリィは俺のだ」

「わたくしはリリアーデのお友達よ」


 二人の間に挟まって、リリアーデはイヴァンから受け取ったグラスに口を付ける。

 甘いのにすっきり爽やかな桃の味が、口いっぱいに広がった。


「これ、すごくおいしい!」


 顔を輝かせたリリアーデを見て、聖女と勇者の空気が緩む。


「スイーツも食べてみて? きっと気に入るはずよ」

「リリィの好きそうな物、もっとお持ちします」

「イヴァンとクリスティーナ様も、一緒に食べよう!」


 その後は、魔王討伐の旅を共にした者たちが続々と三人のもとへと集まって、宴の主役の若者たちが仲良く笑い合う姿は、人々の心を和ませた。

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