第10話
イヴァンと二人きりで過ごすと湧き上がる謎の緊張感が耐え難くなり、茶会を開いてみることにした。
王都で暮らす貴族の女性たちの交流方法らしいと聞いている。
イヴァンがいると王女が尋常ではないほどに怯えるため、イヴァンの参加は許可しなかった。
「式を終えるまでお引き止めすることとなり、恐縮です。何か不便はありませんか?」
女性だけの集まりなど領主になってからは参加したことがないため、心が踊る。
貴婦人たちに合わせて、いつもの楽な装いではなくドレスをまとった。きれいな服も、美しい食器や甘い菓子も、リリアーデの好きな物だ。
「バルリオスには久しぶりに来たけれど、変わらないわね」
イヴァンの母である侯爵夫人が、懐かしそうに目を細める。
「バルリオス辺境伯様とこうしてお知り合いになれて光栄ですわ」
小侯爵の妻は、親しみを込めて微笑んだ。
「王女殿下――聖女様とお呼びしたほうが良いのでしょうか?」
王女というのは国としての立場。聖女は教会から与えられた役割。どちらで呼ぶのが相応しいか、迷った。
「聖女は、勇者と対の者みたいで嫌だわ」
「承知しました。王女殿下、茶と菓子はいかがですか? お口に合うでしょうか」
参加はしてくれたが、王女とその連れの表情は硬い。
「辺境伯は……」
「はい」
「あの恐ろしい男を御せるのね」
「イヴァンのことですか?」
頷きが返された直後、王女の隣に座っていた魔術師の女性も口を開いた。
「ご家族と婚約者の前で言うべきことではないですが、彼は魔王以上に危険です!」
それはそのとおりだ。彼は、世界を滅ぼせてしまう。
「女神様が選ばれたのだから聖人君子だろうと思っていた、かつての己へ忠告したいぐらいです」
旅に同行していた王女の侍女たち――王都の有力貴族の令嬢である少女たちも、王女と魔術師の言葉に同意して騒ぎ立てる。
五年もの間、魔族との戦闘が繰り返される旅路に耐えたのだ。できれば彼女たちとは敵対せず、敬意を表したいとリリアーデは思っている。
だが、家族を貶されては、黙ってはいられない。
リリアーデは侯爵夫人へと視線を送るが、傍観するつもりらしく、優雅にティーカップを傾けていた。
小侯爵の妻も動じることはなく、にこやかに座っている。
「イヴァンは、私にはとても親切で紳士的ですよ」
穏やかに告げはしたが、イヴァンがそういった態度を取ったということはそちらに問題があったのではないかと、暗に示す。
恐らく王女側は、こちらを怒らせようとしているのだ。それで何か難癖を付けるつもりなのだろう。
先見の力を使うかを迷ったが、使うほどではないと判断する。
「実家のグレンデス侯爵家のことも、とても大切にしています。敵と判断した者に容赦がないのは、バルリオスの気質かもしれませんね。彼は、バルリオスで過ごした時期も長いですから」
「敵ですって?」
「殿下。バルリオスと王家の間での話し合いは、既に済んでいます」
「…………そうよね。そうでなければ、ここでこうしてお茶など飲んでいないわね」
ぽつりと呟き、王女は菓子へと手を伸ばす。
「ずーっと恐ろしい顔をされていたから、そういう方なのだと思っていたの。だけど、違っていたようね」
白いクリームをすくって口に入れ、味わってから、こくりと飲み込んだ。
「彼を御せる存在がいるのなら、教会も表立って騒ぐことはしないでしょう。……父と兄は、わからないけれど」
「以前、陛下と王太子殿下にはお伝えしました。バルリオスは、家族に手を出されたら狂犬となり牙を剥きます」
「狂犬ねぇ……あれは、もっと恐ろしいものよ」
「存じております」
「! 知っていて、結婚するの?」
目を丸くした王女は、驚愕の視線をリリアーデへと向ける。
「ええ。既にイヴァンは私の家族ですし、もう長いこと、我が夫だと思ってきた人です」
「そう……。あなた……すごいわね」
そこからは敵対心を向けられることもなく、和やかに親交を深めた。
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