第6話
たくさんの分岐。
多くの道筋。
だが、どの道を通っても、たどり着く結末は世界の破滅。
何も変えなければ、定められた大きな道筋を進んでしまえば、リリアーデは死に、バルリオスとグレンデスは魔族に蹂躙され、それを知ったイヴァンが全てを壊して世界は終わる。
イヴァンが泣いている姿を最後に、未来がなくなってしまう。
いろんな選択肢を用意して分岐を作り、分岐の先を覗き視た。
どうやっても、リリアーデは何らかの形で死ぬ。
それを知ったイヴァンが、怒りに任せて世界を壊す。
リリアーデがイヴァンに嫌われるよう仕向ければ、イヴァンは魔王に勝てず、死んでしまう。
リリアーデがイヴァンの旅立ちを引き止めれば、教会と王家に反逆者の烙印を押されて、人間同士での戦争が始まる。バルリオスが勝利をおさめたとしても、勇者として女神の祝福を得られなかったイヴァンは、魔王には敵わない。
そうなれば魔王が全てを壊して、全ての未来が消え失せる。
リリアーデは、何度も己の死を視た。
誰がリリアーデを殺そうとしているのかも知った。
そうしてたどり着いた結論は、大きな道筋は逸れず、その中で対策を講じること――。
※※※
最初に届いたのは閃光だった。
続いて大地が鳴り響き、直後に激しい揺れに襲われる。
「被害状況の確認を急げ。建物の補強、領民の訓練共に済んではいるが、動揺は少なからずあるはずだ」
各所への指示を飛ばしてから、妙齢の女性は呟いた。
「だいぶ早いな」
紐で一本に結われた豊かな黒髪に金色の瞳、服装は至ってシンプルで、白シャツにトラウザーズ姿。男のような身なりではあるが、女性らしい体のラインが艶っぽい。
「ここまで五年か。帰ってくるのは、もう少し先になるよな?」
壁に掛けられた地図を見ながら、そばに控えていた補佐官へと問い掛ける。
「今の光が、以前おっしゃっていた『わかり易い先触れ』ですか?」
「そうだ。この光が各地の魔族や魔物の弱体化を招く」
「十年は掛かるともおっしゃっていたはずですが……」
「うん。だからこそ、そんなには待たんと伝えたんだが、イヴァンは愛人が許容できなかったのかな?」
「当たり前です。領主様も、イヴァン様が愛人を作られたらお嫌でしょう?」
黒髪の女性は少し悩む素振りを見せてから、からりと笑った。
「私たちは政略結婚だし、最後に会ったイヴァンはまだ子どもだったから、いまいちよくわからん」
「おかわいそうなイヴァン様……」
補佐官が短いため息を吐き出す。
「魔王城の正確な位置がわからないので何とも言えませんが、それでも、領主様がおっしゃられた期日までには戻られるのではないでしょうか。というか、絶対に戻られます」
「うーん。それは困ったな。そろそろ愛人候補へ交渉に行こうかと考えていたんだが、どうしたものか……」
「本気だったんですか?」
「当たり前だろう。バルリオスには後継者が必要だ。それも、なるべく早く」
「ちなみに、候補はどなたですか?」
つらつらと淀みなく挙げられた名前を聞いて、補佐官の顔色がどんどん悪くなる。
「領主様の男性の好みは、昔と変わらないのですね」
「それはそうだ。私の理想は父上だからな」
今は亡き前バルリオス辺境伯は、筋骨隆々で岩のような強さを持ち、先陣を切って魔族と戦うことで領地と民を守っていた。
辺境伯家の血族は総じて血気盛んで、戦好きが多い。だからこそ滅びの危機に瀕している。
現領主も決して弱いわけではないのだが、比較対象となった婚約者の戦闘力が桁違いだったため剣の腕を磨くことには早々に見切りを付けたおかげで、今もこうして安全な場所に留まり領地を治めていた。
「期日まであと一年もないし、とりあえず動いておくかな」
「たとえ期日が来たとしても、領主様が愛人を作るのは不可能です」
「そんなに私には魅力がないのか。だが、子作りぐらいはできるだろう」
「無理ですよ。皆、命が惜しいでしょうから」
「私はそんなに凶暴じゃないぞ」
「皆が恐れているのは、イヴァン様です」
「なぜだ? あいつはあんなに優しい子なのに」
本当にわかっていない様子の女性を前にして、補佐官は疲れた表情で大きなため息を吐き出した。
「領主様が色恋に疎いのは、我々が過保護過ぎたせいかもしれませんね」
「恋かぁ……確かに、よくわからんな」
「これについてはイヴァン様にお任せするしかありません」
普通なら不安になるだろう出来事の直後とは思えない会話から数日後、想定外の知らせが、彼らのもとへと届くこととなる。
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