第27話
☆
ヒーシの鹿と戦闘をするのは俺含めて八人。 影の短剣のメンバー七人プラス俺と言う布陣だ。
レアーナさんたちは近くの街までは同行してくれるらしいが、はっきり言ってヒーシの鹿との戦闘はどれだけの規模になるかわかった物ではない。
間合いの最大は三キロとか言っていた時点でとんでもない距離を戦場にすることがわかる。 三キロといえば、簡単に言えば山手線で新宿駅から渋谷駅まで行けるくらいだろう。
俺たちは人間だ、ヒーシの鹿がどんだけ大きいかはわからないが、せいぜい視認できても一キロ弱。 つまり俺たちは敵を視認できない距離から攻撃される危険があると言うことだ。
そこで、今回は陽動班と実行犯に別れることにした。
「ヒーシの鹿は火を弱点にする。 火を使う相手を優先的に攻撃するため、テイマーたちが使役する魔物に松明を持たせて一気に移動させる」
「おそらく松明を持った魔物を中心に仕留めにかかってくるだろうから、その間に実行犯が仕留めに向かうと」
「口にするのは簡単だけど相当に難しいっすよ? 相手ってかなり早いんでしょ?」
「だから陽動班には機動力重視のメンバーを選別したさ」
陽動班に選別されたのは機動力や耐久力重視の五人が選別されていた。 俺があんまり話したことない五人だ。
「実行犯はあたしとマルーカさん。 そしてスキーを装備したハンサム君さ!」
おそらくマルーカさんの蛇めが熱探知のため、アルちゃんの狼めが俺のサポートのために立ち回る。
結局スキーを装備するのはこの中で一番強いであろう俺になった。 俺はマルーカさんの方が絶対強いと主張したが、それは俺が蛇を苦手としているだけで殺ろうと思えばいつでも殺れるだろうと結論付けられたのだ。
まあ確かに、ここ数日間イルミネさんが召喚してしまったドラゴンやらフェンリルやらと散々戦わされていたせいで嫌と言うほど呪歌が上手くなった。
水銀による探知で見えない方向からの攻撃にもいち早く対応できるようになった。 なんなら興が乗った時は、ショーケースの中に入ってフェンリルやドラゴンとも接近戦の練習をしたくらいだ。
水銀による攻守一体の立ち回りも索敵も抜かりはない。 油断すればこの前のように足元を掬われるかもしれないから気を引き締めるが、油断と自信は別物だ。
退治に向かうからには負ける気はない。
地図を見ながら移動を始め、俺たち三人は作戦開始位置に移動した。
陽動班に鷹使いがいるため、合図はその鷹が送ってくれるらしい。 俺たちは装備品の最終チェックに入る。
水銀の量やスキーの状態。 周囲の環境の確認。
淡雪が降っており、広々とした平原にはうっすらと雪が積もっている。 情報通り、周囲を見渡し目を凝らしても木は一本も生えていない。
「見ての通り木のない野原さ。 この中心部にあたしたちの集落があって、その集落から一歩でも出ればヒーシの鹿から無慈悲の攻撃を喰らうさ。 あたしたちが集落から出る時も同じ方法で陽動作戦をするのさ」
「陽動側は全員無事では済まないだろうな」
作戦を待つまでの間、緊張をほぐすために会話をしたかったのだろう、隣で自分の鎧の手入れをしながらアルちゃんが話しかけてきた。
「何言ってるさ、陽動側は全員死ぬことを前提に動いているさ。 実際、陽動側になって生き残ってた同士はほとんどいなかったさ」
「ちょっと待て、それが本当なら今回の作戦もやばくないか? あいつらなんで文句の一つも言わなかったんだ」
「決まってるさ、これ以上犠牲を増やさないためさ」
アルちゃんは寂しそうな顔をしながら遥か遠くに視線を送る。 おそらくアルちゃんの視線の先に、故郷の集落があるのだろう。
「本当はあたしがあっちに加わる手筈だったのさ。 けどみんなに止められちゃったさ。 あんたをうまくサポートできるのは一緒にドラゴン討伐も経験したあたししかいないって。 だからみんな笑いながら陽動班に回ったさ」
「彼らの故郷もイアルヴィーと同じように呪われた土地の中心部に位置していますからね。 最も倒しやすいであろうヒーシの鹿さえ倒せるのなら、それだけで私たちにとって希望となるのです。 たとえここで死んだとしても、あなたがヒーシの鹿を倒してくれるのなら……それはきっと無駄死ににはならないのですから」
マルーカさんが穏やかな声音で会話に参加してくる。 ヒーシの鹿を最初に討伐する理由は、呪われた七つの大地に陣取る魔物の中でも一番倒しやすいから。
けれど今まで人類が敵わないと思っていた魔物をもし倒すことができるのなら、それは彼らにとっても彼らの故郷にとっても朗報となる。
だからこの戦いで命を落としたとしても、生き残った奴らがきっと他の魔物を倒してくれる——ってか?
みなさん俺に随分と期待してくれているではないか。
「アホくさ。 やっぱあんたらには付き合ってらんないわ」
俺は無性にイラついて、スッと立ち上がった。 まだ合図もきていないのに平原内に足を踏み入れる。
突然動き出した俺を見てマルーカさんとアルちゃんは、あたふたしながら慌てて俺を止めようとするが、
「俺はハッピーエンドが好きなんだ。 胸糞悪くなる話は見ててイライラしちまうからな」
肩を掴んで必死に止めようとした二人を、突風で遥か後方まで吹き飛ばす。
「ちょっとティーケル氏? 一体何してるの!」
突然の暴走に泡を食ってしまうピピリッタ氏。 この場には誰もいないし二人にはピピリッタ氏の存在を見せていたため元から肩に座っていたのだ。
けれど、ここから先はそんな場所にいたら吹っ飛ばされてしまう。
「ピピリッタ氏、吹っ飛ばされたくなかったらポッケ入ってろ」
「え? まさか一人で行く気? 馬鹿なの?」
動揺しながらも胸ポケットに頭から飛び込むピピリッタ氏。 それを確認して俺は最終調整に取り掛かった。
スキー板に油を塗り、ぐっと屈んで足に力を溜める。
そして、地面を蹴り、一気に平原の中を駆けた。 スキー板は地面との摩擦で火を起こす。
雪が降っているここら一体は乾燥している。 火種さえあればすぐに火が起こせるだろう。
体感速度は三百を超える速さでの移動。 スキー板と平原の草が起こした摩擦熱で発火して炎が生まれる。
イメージする。 俺がスキー板を滑らせた軌跡が燃え上がる景色を。 そしてそれによって生まれた炎を使ってこの大地を焼尽する景色を。
「火力こそが正義! 火力があればなんでもできる! 火力があれば世界を救える!」
植物を使って攻撃してくると言う話なら、全て燃やしてしまえばいい。 目に映るもの全てを燃やしてしまえばいい。
呪歌を駆使すれば俺に引火しないよう操作することすら可能。 さらに俺は体の周囲を防御するように水銀を展開、そして体の表面には窒素の鎧を構成している。
いくら目に見えない速度で木の枝や葉っぱを吹っ飛ばしてきたところで怖くない。 そう思っていたが、さすがはドラゴンよりも強いと言われているヒーシの鹿だ。
「っあっぶねぇ!」
「地面からの奇襲? よく反応できたわね!」
「こんな高速で移動してればまず足を壊しにくるだろうからな、地面の中の振動を感じ取れるように水銀を展開してた!」
突然地面から伸びてきた木の根。 咄嗟に右足を上げて緊急回避。
猛スピードで移動している最中にバランスを崩したため、スキー板が暴れてしまい一気にスピードが落ちる。 少しでもスピードが落ちたら格好の標的にされてしまうだろう。
すぐさま足の裏に突風を発生させて空中に逃れた。 この状況、敵の攻撃は集中するかもしれないがここまでの移動で周囲を火の海に変えることはできた。
火の扱いはドラゴン戦でも経験したため苦ではない。 むしろ今戦ってるのは地上だ、地下で炎を扱うよりもよっぽど扱いやすい。
空中に逃れて身動きが取れなくなった俺に攻撃が集中する。 地面からは巨木の根がドリルのように襲いかかり、進行方向からは目に見えない速度で乱射される木の葉や木の枝。
木の葉や木の枝は水銀の防壁で十分にガードできる。 問題は足元から襲ってくる木の根だ。
炎を操作して燃やすことは可能だが、燃やし尽くすまでに時間がかかる。 流石に地面の下から狙われたら対応できない。
あの根っこが毒入りの樹木だったら一撃でも喰らえばおしまいだろう。 全く油断できない状況だ。
「このまま空から攻めるのが最適解と見た!」
幸いにも空中移動の練習はイルミネさんが召喚したドラゴンとの度重なる戦闘で習得済み。 無論窒素の鎧も水銀操作も疎かにしないまま空中を移動できる。
難点としては空中移動をしてしまうとそれ以外の呪歌が使えなくなることだが、まずはいまだに姿を視認できていないヒーシの鹿を確認することが最優先。
おそらく突然火の海になったこの野原を前に、陽動班は大慌てになっているだろう。
予想外の事態を前に無謀な突進をする馬鹿はいないはず。 みんなが一生懸命立てた作戦を自分勝手な理由で台無しにしたことは後で謝ろう。 そして気が済むまでブチギレてやろう。
死人が出るような作戦を考案するんじゃねえ。 俺に内緒で勝手に話を進めるんじゃねえ。 生き残る自信がないなら最初から戦いに参加するんじゃねえ。 命を大切にしない奴は戦いなんてやめちまえ。
言ってやりたい文句が山ほどある。 だからヒーシの鹿をちゃっちゃとぶちのめしたら、気が済むまで罵ってやるのだ。
修行の成果を見せてやる。 胸糞悪い展開なんて糞食らえ!
誰一人として死なせない、ハッピーエンドを目指すため!
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