第24話
☆
目を覚ますと見知らぬ天井が視界を埋め尽くす。
記憶が曖昧だ、ここがどこかさっぱりわからない。
さっきまでドラゴンと戦っていた気がした。 ドラゴンを土壁のドーム内で窒息死させてからの記憶が全くない。
また捕まってしまったのだろうか?
「はっ! ティーケル様が起きたのです!」
「おお勇者様! ご無事でよかったですよほんと!」
「まったく、ルナガルムのテイマーに連れ去られた時はどうしたものかと思いましたよ」
懐かしい声がして視線をそちらに送る。
「あれ? ユティたんたちがいる。 ってことはさっきまでのは全部悪夢?」
「勇者様はどうやら、ドラゴンとの戦いで脳機能に障害を発症させてしまったようですね」
「もともとこのナルシストは脳機能に欠陥だらけですよ?」
ひどい言われようだ。 この遠慮ない侮蔑の言葉はレアーナさんで間違いない。
そんなことよりも気になるのはメルっちの発言だ。 どうやらドラゴン退治は実際にあった出来事だったらしい。
「そう言えばドラゴンはどうしたんですか?」
「あなたが自分で倒されたのでしょう? 報酬は山分けですよね?」
「メルっちその場にいなかっただろ? 何ちゃっかり報酬もらおうとしてんだよ」
手をすりすりさせながらにじり寄ってくるメルっちに細目を向けていると、扉が開く音がしてそちらに視線を送る。
「おやおや目を覚ましましたか」
「三日も寝たきりだったから心配したのさ! お加減はどうなのさ?」
部屋に入ってきたのはマルーカさんとアルちゃん。 俺は三日も寝ていたらしい。
それも当然だ、ドラゴンの尻尾でぶっ飛ばされるわブレスで吹っ飛ばされるわで散々な目にあったのだから。
そんで寝てる間にレアーナさんたちは俺を追いかけてこのポホーラに到着していたらしい。 そこでぶっ倒れてる俺の事をマルーカさんから聞いて、看病してくれていたんだとか。
「アルちゃん、イルミネさんはどこにいるんです?」
「イルミネはヨウシアさんの鍛冶屋で研修中さ」
「今から行ってもいい?」
「今はまだ安静にしてた方がいいさ、何か用事があるんならあたしが代わりに行ってくるさ!」
アルちゃんは上半身を起こした俺を見て心配そうな顔を向けてくれる。 この子は出会いは最悪だったがなんだかんだで優しい子なのだ。
「この用事は俺にしかできないことだからさ、普通に歩けそうだから心配しなくていいよ」
「何しに行くのさ? イルミネはしばらくポホーラに滞在するし、慌てなくてもまたすぐ会えるさ」
「なぁーに大した用事ではないけどね、こんな目に遭わされたんだから……お礼しにいかないといけないと思って」
「お礼しに行く雰囲気ではないのさ!」
俺は指をパキパキ鳴らしながらベットから起きあがろうとしていたのだが、全員がかりで止められた。
その後、マルーカさんとレアーナさんを中心に事情を説明された。
イルミネさんの鍛造は特殊なようで、あの子が歌い出した炉にレアアイテムを入れると同価値のアイテムを召喚できるらしい。 失敗すると炉に入れたアイテム相当の魔物が召喚されるが、こいつを討伐するとレアアイテムが戻ってくる。
つまりユティたんをいじめていた冒険者をしばき倒したあの日、俺はギルマスに実力を買われてイルミネさんの用心棒に抜擢されたらしい。 迷惑極まりない。
ちなみにメルっちがイルミネさんと仲がいいという話を旅に出る前に聞いていたが、どうやらメルっちの占星術を使えば鍛造の結果が占えるらしく、二人はしょっちゅう一緒にいたらしい。
けれどイルミネさんはかなりの変人なため、鍛造したい欲がなぜかクソほど高いという話だ。
レアアイテムを見つけると周囲の静止を押し切って勝手に鍛造し始める。 そういった問題行動がクレームを呼び、ポホーラに飛ばされたらしい。
なぜ左遷先がポホーラだったのか、それは
影の短剣のメンバーは特殊な呪歌を使うらしく、手懐けた魔物を使役するという。 いわゆるテイマーだ。
ポホーラは地下の街だから魔物を飼育する空間を貸してもらえているらしく、影の短剣のメンバーはそれぞれ魔物を飼育する場所を分け与えられている。
元々影の短剣はこのイルミネさんが鍛造に失敗して出した魔物を手懐けていたらしく、
ちなみに、歌で魔物を召喚するのは座標と座標をつなぐイメージをすることができれば可能らしい。 人間は危険だから使わないよう掟があるらしいが魔物は例外。
いわゆる瞬間移動に似た呪歌だが、過去に失敗して異次元空間で行方不明になった
「そんなわけでして、怪我が治ったらまたお願いしますね」
「どんなわけですか、お断りするに決まってるでしょ」
さらっととんでもない要求をしてくるレアーナさん。 俺は同じノリでさらっと拒否する。
「そうですか、ならば仕方がないですね。 冒険者証明証は剥奪するしかないでしょう」
「身分証明証を作るのに命懸けとかたまったもんじゃないですよ! もう、誰か俺を養ってくれる優しいヒロインを探すので別にいいです」
「それでしたら私が養ってあげるのです!」
「ユティちゃんはちょっとお外に出てるのさ」
俺とレアーナさんの会話にしれっと混ざってきたユティたんは、必死に抗議の声を上げていたがアルちゃんにつまみ出されてしまっていた。
「いいですかティーケルさん、あなたがこれから戦うであろうヒーシの鹿はドラゴンよりも強いんです。 これは修行も兼ねた実に合理的な依頼なんですよ」
「なんで俺がヒーシの鹿と戦う前提で話進んでるんすか」
「え? この前は了承してくれましたよね?」
「ちょっとマルーカさん、その首に巻いてる物騒なものをしまってください。 戦いますからお願いします早くしまって」
マルーカさんがいつの間にか召喚していた俺の天敵が、舌をチョロチョロさせながら俺を睨んでいる気配がしたため、視線は断固として向けないまま必死に命乞いをした。
「あなたはまだ戦い慣れしてなさそうですからね、この前も遠くからイアルヴィーさんとの戦闘を見てましたが、立ち回りが雑だと感じました」
「そういえばあの時、レアーナさん何にも教えてくれなかったですね? あなたもしかして初めからわかってて俺を騙したな?」
「いや、あれは流石に私も死を覚悟してましたよ。 ルナガルムがあんな大量に襲ってきたら普通に恐ろしいですから。 そもそも私、ギルマスに頼まれたから同行してるだけで影の短剣のメンバーと会うの初めてなんです。 テイマーとは聞いてましたがあのルナガルムレベルの魔物を使役してるだなんて、普通思わないでしょ?」
「本当に申し訳なかったさ」
しょんぼりとするアルちゃんはマルーカさんに連行され、部屋の隅っこでガミガミと説教が始まっていた。
結局、レアーナさんの毒舌と、マルーカさんが召喚した
数日前までは呪歌を自在に扱うための実験台が欲しいといっていたが、またドラゴンと命懸けの戦闘をするなんてまっぴらごめんだ。
「安心してくださいティーケルさん、次鍛造するときは事前準備もできますし、聞くところによればメルさんは占星術で鍛造の結果を占えるんでしょう?」
「ヘルシッキにいた時はほとんどイルミネの見張りをさせられていましたからね。 報酬は弾みましたから幸せでしたよ? ぐへへへへ」
「メルっちとイルミネさんって仲がいいって聞いてたんですけど、なんか不純な関係だったんですね」
「不純とは失敬な」
確かにレアーナさんがいう通り、出てくる相手がわかっているのなら対策はいくらでも立てられる。 この前は意味がわからずイルミネさんの近くで突っ立ってたからドラゴンと強制的に近距離戦を強いられただけで、最初から十分な距離をとっていれば割と楽に立ち回れていたのかもしれない。
今後の課題でもある近距離戦を克服するために、戦闘経験を積むのははやぶさかではない。 乗り気ではないがマルーカさんに脅されたら仕方がないため、渋々この試練を受けることにした。
イルミネさんが神聖鉄を使って超強力なアイテムを召喚するまで、俺はあの迷惑女を護衛しなければならないなんて……
俺が知る限りイルミネさんは最強のトラブルメーカーである。
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