第23話
☆
地獄を見た。 目の前にはオレンジ色の大地が広がっている。
ドラゴンが口元に炎の塊を作り出した瞬間、俺は何ふり構わずドラゴンとの間に何層にも重ねた土壁を生成した。 とあるアニメのおかげでこの手の想像は得意だ。
分厚い土壁でブレスの勢いを緩和できればそれでいい。 ただひたすらに土壁を何層にも重ねて防御した。
地獄を見た。 纏っていた服は黒焦げになり、背中は空洞の端の岩盤に叩きつけられている。
ブレスの勢いは土壁を溶かしてもなお衰えず、とうとう俺に直撃した。 窒素の鎧のおかげで全身大火傷で済んだが、体はものすごく重い。
地獄を見た。
ドラゴン、それは神話が生んだ化け物であり、この世に災いを巻き起こす理不尽の塊。 はたまた人間の手助けをして富を与える存在も中にはいるかもしれないが、俺の前に立ち塞がっているこいつは明らかに前者。
『ちょっとティーケル氏! 生きてる?』
「うむ、生きているが勝てる気が全くしなくなった」
『でも倒さないとポホーラは滅んじゃうし、あんたも死んじゃうわよ?』
「イルミネさんがなんの説明もなくあんな化け物を召喚したのが悪い。 全てあの小娘のせいだ。 あいつが常闇の禍神だったんじゃないだろうな」
『残念ながら違うわよ? 常闇の禍神はドラゴンよりはるかに強いから』
「は? 俺はそんな化け物を倒すためにこの世界に呼ばれたと?」
『そうよ。 だからドラゴンなんかに手こずってる暇はないんだから!』
アホかこいつ。 満身創痍の俺を見てもそんな戯言を言えるというのか。
距離を取っていたアルちゃんやヨウシアさんはひたすら俺の名前を叫んでおり、俺の無事を必死に確認しようとしている。
ことの発端になったイルミネさんもしどろもどろになっており、俺の身を案じてはいるようだが……全ての元凶であるあの小娘は後でしばき倒して泣かせてやる。
とは言ったものの、ぎりぎり意識は保っているが体は地面に縫われているように動かない。 少しでも油断したら気を失ってしまいそうだ。
現状、絶望的だ。
土壁を溶かしてマグマ状になったオレンジ色の液体と、炎の海が目の前には広がっている。 おかげでこの空洞の温度は急激に上昇しており、これ以上温度が上がれば俺は干上がってしまうだろう。
そもそもここは地下だ、これ以上炎のブレスを巻き起こされればまず酸素がなくなって酸欠で死ぬ。 消火しようにも今なお踊るように燃えている炎のせいで水分など皆無。
乾燥がひどいせいで唇がパキりと割れ、地味な痛みが頬を引き攣らせる。
俺が教わった限りでは、呪歌はその場にある物質の操作しかできない。 となると今扱えるのは大地の呪歌のみ……
今使える物質は他にあるだろうか、眼球運動で周囲を見渡すと、ところどころにとある物質を発見した。 そこでピンとくる。
「あ、ちょっとまった。 ピピリッタ氏、俺あいつに勝てちゃうかも」
『さすがティーケル氏よ! そうと決まったらやっちゃって!』
呪歌はその場にある物質を操作することができる。 つまり今この場において、俺には大量の武器が出来上がってしまったのだ。
皮肉にもその武器はあのドラゴンが作り出したのだが……
「あの炎は、何を燃やしてるんだろうな?」
俺はニヤリと口角を上げ、呪歌を発動して今なお燃え上がっている炎を一箇所に集中させた。 炎が燃やしていたのは、ドラゴンが雑兵のように薙ぎ払っていた狼めの死骸。
「呪歌はその場にある物質をあやつる。 けどな、炎は物質ではなく現象だ。 ならば目の前に見えている炎は操れないのか?」
誰に聞かせているのだろうか、俺は一人でうんちくを語りながら想像を膨らませていく。
「炎とは可燃性の物質と酸素が反応して起こる現象であり、高速の発熱反応がただ見えているだけに過ぎない。 ならば、その現象を起こしている物質と酸素さえ操作できれば」
俺のうんちくに合わせて炎は意志を持った生き物のように動き出し、他方向から一気にドラゴンを襲った。
「火種さえあれば、炎すら操れるということだ!」
『ティーケル氏、あんた本当に頭いいのね!』
俺の独り言にいい反応を見せてくれるピピリッタ氏、いつの間にか嬉しそうに目を輝かせながら胸ポケットからひょっこりと顔を出していた。
炎の精霊と名乗るだけあり、炎を操る光景を前にテンションが上がっているようだ。
『けどねティーケル氏、残念なお知らせよ! ドラゴンは炎耐性が非常に高いわ! 炎のブレスを吐くぐらいだもの、炎による攻撃で火傷するなんて間抜けなモンスターじゃないのよ!』
ピピリッタ氏は気まずそうな顔で俺を仰ぎ見てきた。 俺は鼻を鳴らしながらピピリッタ氏の質問に回答をする。
「俺の得意分野は近距離戦じゃなくて遠距離戦。 そもそもあのドラゴンの判断ミスは、俺をブレスで吹っ飛ばしちまったことだ」
ドラゴンのブレスを受けきれなかった俺はこの大空洞の壁際まで吹っ飛ばされてしまっていた。 空洞の中心にいるドラゴンとは距離的にも数百メートルは離れている。
「これは、俺が最強に立ち回れる間合いだ」
近距離戦にはいまだに課題があるのかもしれない、けれど遠距離戦ならいくらでも戦う手段がある。
土の槍や炎の塊を駆使した波状攻撃。 ドラゴンは俺の波状攻撃に対処しているがその場からは動けない。
「極め付けはあいつが溶かした土だ。 土は正確に言えば二酸化ケイ素が主な成分。 俗にいうシリカだな。 これは元々の形は水晶だ。 ガラスってのは土を溶かして作るんだぜ?」
うんちくを語り聞かせながら、ドラゴンがブレスで溶かした土を操作。 それを地を這わせるように移動させ、足元を固定させる。
溶けた土はやがてガラスとなり、強度を増してドラゴンの足を拘束するだろう。 分厚いガラスは銃弾すら防ぐことが可能。
『でもそんなにいろんなことに思考を回したら酸素を操作できないじゃない! 窒息死させるには酸素をあの空間から撤去するのに集中しないといけないんでしょ? ガラスが固まるまで足止めしかできないの?』
「なんでそんな想像をする必要がある?」
酸素の操作は確かに集中力が必要。 他の物質と同時操作したいなら動きを単調化させるしかないだろう。
土や炎はただ動かすだけだから脳内に明確なイメージさえあれば、同時に操作することは容易い。 だが今のように相手に隙を与えないようさまざまな角度から攻撃を仕掛けているのなら、酸素のように目に見えない物質を同時に操作するのは不可能だろう。
多重攻撃と同時に何か他のことを想像するのなら、目に見える物質を単純に操作する程度。
次の瞬間、俺は周囲の土を操作して巨大なドームを作り出した。 ドームの中心にドラゴンを閉じ込めるように展開し、目を見開いていたピピリッタ氏に問いかける。
「さっきも説明しただろう? 炎は現象だ。 可燃性の物質と酸素が高速の発熱反応を起こしているだけの現象。 俺が土の壁で密封したあの檻の中で、その現象は今なお続いている。 酸素がなくなるまでずっとな」
『まさか、あんたは最初から炎で倒すのではなく、追い詰めるのが目的だったの?』
「当然だ、あんな固いバケモノが燃える訳ないことくらい、俺でもわかるからな。 燃やす物質なら嫌というほどあるんだ。 あの狼めは無駄死にした訳じゃない」
あとは檻の中を砂で埋め尽くしたり、ガラスを変形させて動きを制限すればいい。
中の様子が見えるよう、俺の目の前だけは土壁に穴を開け、代わりに窒素の壁でその部分を覆っている。 窒素の壁はいわば見えないバリアだ。
中で必死に抵抗するドラゴンを、岩の槍や砂の拘束で足止めしてれば勝手にくたばってくれる。 あと気をつけないといけないのは先ほどのブレスくらいだが、口を開かせないよううまく攻撃すればいいだけの話。
あのブレスは炎の塊を口元に作り出してから吐き出すまでに隙が生じるから、その隙を与えないよう絶え間ない攻撃を仕掛け続ける。 砂の槍と炎の波状攻撃をしている以上、ブレスを吐くような時間は与えない。
皮膚が柔らかいであろう顎下や関節部分をいやらしく集中攻撃しているのだ、ドラゴンとてシカトはできないだろう。
安全圏から戦場全体が見えていれば、俺は絶対に負けない自信がある。
足止めを続けること数十分、檻の中の炎が勢いを弱めていった。 酸素を焼き尽くしてしまったのだろう。
それに伴ってドラゴンの動きも鈍くなっていった。 砂やガラスで拘束するのが容易になり、ブレスを吐けないよう変形させたガラスで口を固定することすらできた。
そして檻の中の炎が消えてから数分後、ドラゴンはパタリとその場に突っ伏した。
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