第5話

 ☆

 俺は今、必死に思考を巡らせている。


 理由は単純明快、最も危惧していた状況下にあるからだ。


 「あ、あのー。 あなたは一体……」


 小動物のように震えながら、俺の背中に声をかけてくる美少女。


 俺の目の前には禍々しい巨大猪が横たわっており、この美少女はその猪に追われていたわけだが……


 知らんぷりしてその場を去ろうとしたのに、手が滑って猪の顎に大穴を開けてしまった。


 これは由々しき事態である。 魔物に襲われる幼気いたいけな美少女、それを無償で助ける謎のイケメン(自負)。


 これはつまりあれだ、ラブコメが始まってしまう!


 これを回避するために思いついた策は三つ。


 一つ、イケメンムーブを継続し、「怪我はなかったかいセニョリータ?」と声を掛ける。


 二つ、おのれの強さをさらに誇張し、「この事をしゃべったら、どうなるかわかってんだろうな?」と脅迫する。


 三つ、逃げる。 それも尻尾を切られたトカゲのように全力で!


 さてどうするか、考えた結果、俺は一つの可能性に辿り着いた。


 『なぁピピリッタ氏』


 『何よちゃっかり男』


 『その不名誉な呼び名はやめろ。 そんなことより質問、宿屋って身分証があれば泊まれるんだよね?』


 『泊まれるけどあんた身分証持ってないでしょ? とっとと帰って冒険者登録しないと野宿するハメになるわよ?』


 ピピリッタ氏と脳内会話をすること数秒、ずっと黙りこくっていた俺を不審に思ったのか、背後からゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてくる。 ピピリッタ氏は美少女に見られる前に胸ポケットに隠れてもらったから、側からみれば猪の死体をぼーっと見てるヤバい奴にしか見えないだろう。


 ずっと無言だと危険な奴だと勘違いされそうなので、とりあえず俺は気になったことを聞くことにした。


 「何でこんなところにいる?」


 「あ、えーっと、その。 私、冒険者なんです!」


 「冒険者? 君一体何才?」


 「十七才です」


 「JKやん」


 「じぇーけー?」


 つい口が滑ってしまった。 何とこの少女、見た目的に十三才くらいかと思いきやまさかの女子高生だったのだ。 さすが異世界、ロリッ子は正義である。


 ちなみに、さきほど冒険者協会に入る前にピピリッタ氏に確認を取ったところ、この世界での成人は十五才らしい。 だからみなさんご安心を、お巡りさんを呼ぶ必要はありません!


 口を滑らせたことは水に流し、気をとりなおすように咳払いを挟む。


 「どうして魔物に追いかけられてた?」


 「あ、それは……討伐する依頼をお受けしていたので」


 「何で冒険者なのに相手との力量も測れないんだ? こいつは初心者冒険者五人がかりでやっと倒せるような魔物なんだろう?」


 「……はい、ごめんなさい」


 別に怒っているわけではないのだが、言い方がきつかったのだろうか? 美少女は肩を落としてしょんぼりしてしまう。


 『ちょっとティーケル氏、この子の言い分も聞いてあげなさいよ! 一方的に怒ったら可哀想でしょ?』


 『え? 俺怒ってるつもりないんだが?』


 『雰囲気的に説教してるようにしか見えないわよ!』


 ピピリッタ氏が脳内から指摘してくれる。 俺は居心地が悪くなってポリポリと後頭部を掻いた。 年下は何考えてるかわからんし、そもそもここ異世界だからどう接したらいいかわからん。 とりあえず今は俺が怖くない人だと言うことを主張しなければ。


 「俺の名はウォークシ・ティーケル。 通りすがりの爽やか系お兄さんだ! ティーケルお兄ちゃんと呼んでくれてかまわんぞ!」


 「あ、えーっと、さすがにお兄ちゃんは遠慮しておきます。 ティーケル様って呼びますね! 私はユスティーナです。 気軽にユティって呼んでください」


 お兄ちゃん呼びは拒否された。 お兄さん悲しい。 ロリッ子にお兄ちゃんと呼ばれるのは俺の夢だったのに。


 なんて事を考えながら涙を堪えていると、脳内会話で『きもっ』と一言いただきました。 ピピリッタ氏は後で泣かせてやる。

 

 ☆

 猪型モンスターの名前はヴィリシカ。 こいつの討伐難易度は割と高く、例えるなら初心者冒険者が一人前に認められるための試練みたいなものらしい。


 この子は家元を離れて先ほど俺たちが立ち寄った街で一人暮らしを始めており、生活を安定させるために早く一人前になりたくてこの討伐に挑んだとか。


 「まあ、気持ちはわかるけど命は大事にしないとダメだろ」


 「本当にごめんなさい」


 「あ、いや別に怒ってないよ」


 「ですが、ご迷惑をおかけしたことは事実ですので……」


 なぜか縮こまってしまうユティたん。 叱られているチワワみたいでかわいい。


 しかしこの子は良識のある礼儀正しい子だと言うことがここまでのやり取りで判明した。 表面上は、だが……


 だがそれならそれで都合がいい。


 「ユティたんは冒険者登録してて、身分証も持ってるんだよな?」


 「えっと、たんってなんですか?」


 「そこは気にせんでええ」


 「あ、はいすみません」


 「頼まれてくれればこの猪めは君が倒したことにしていいぞ?」


 「え? ですが、ヴィリシカを倒したのはティーケル様で……」


 「だから、交換条件だよ。 で、頼みたいことは


 ユティたんの顔はきょとんとしていた。 ピピリッタ氏は『頼むこと増えてないかしら?』なんて事を脳内で言ってるがシカトだシカト。


 俺はできる限り真剣な表情を繕ったまま二本指をたて、ユティたんの眼前にかざす。


 「一つ、ユティたんの身分証を使って俺たちのために宿を借りてほしい。 もちろんお金は俺たちが払うし、宿で問題は起こさない。 それに宿を借りる手続きが終わったら家に戻ってもらってかまわない」


 「え? ティーケル様、身分証持ってないんですか?」


 ユティたんの質問はシカト、俺は立てた二本指のうちの一本を倒した後、二つ目の条件を提示する。


 「二つ、ここで見たことは絶対に口外しない。 ……それと、冒険者の仕事について詳しく教えて欲しい」


 「あれ? 三つありませんか?」


 「この条件を飲んでくれるなら、この猪めを討伐した功績を君に譲渡しよう。 もちろん討伐報酬も君が全部持って行くがいいさ!」


 かなりいい条件の交渉を持ちかけたと自負している。 宿がなくて身分証が作りたかった俺、しかし冒険者登録する際に身体能力検査があり、その検査をまともに受けてしまうと化物クオリティがバレてしまう。


 ならば、身分証を持っている口が固そうな第一村人に媚びへつらい、その人に宿を借りて貰えば問題ないし、さらに猪めを討伐した手柄を手に入れられるこの子は得をする。 ……ウィンウィンの関係になるわけだ。


 「ええっと、せっかくのお話ですが、お断りさせていただきます」


 「……なん、だと?」


 まさかの交渉不成立。 このままでは俺の化け物クオリティがおおやけになってしまう。 仕方がない、口封じのためにこの子を脅迫する第二のプランへと……


 「あ、でも安心して下さい! あなた方のことは絶対に口外しませんし、宿がないと言うことでしたら私の家に泊まってもらって構いません! もちろん冒険者の事も教えられる範囲でよければ教えます!」


 「え? 君たしか一人暮らしって言ってたよな?」


 「はい、少し狭いかも知れませんが、私は床の上でも普通に寝れますので、お布団はティーケル様にお譲りしま……」


 「……だが断る!」


 ヒロイン候補の美少女が一人暮らしで、命を助けたお礼に主人公を家に匿うというこのシチュエーション。 ラブコメ警報が脳内で響いている。 絶対に阻止しなければならない!


 ヒロインという生き物はトラブルメーカーなのだ。 この子の容姿、性格、出会った際のシチュエーション。


 紛れもなくこの子はヒロイン候補の一人! ならばラブコメフラグは全力阻止の一択である!


 断られた理由がわからないのだろうか、ユティたんは口をあんぐり開けながら俺の顔を凝視する。


 「断るに決まってるだろう、年端も行かない美少女が、会ったばかりの爽やかなお兄さんを普通に家に上げようとするんじゃない! しかも一人暮らしでしょ? もっと警戒心をだな……」


 「ですがティーケル様は私の命を救ってくれました。 間違いなくお優しい方です! ですから、このくらいの事、当然のことで……」


 「だったらせめて、ユティたんの家で匿うんじゃなくて宿で部屋借りてくれよ! 俺別に軍資金に手ぇつけてないから金あるし!」


 「でしたら今日は、私も宿に泊まりますね!」


 なんでこの美少女は目をキラキラさせてドヤ顔を向けている? 『これなら文句ないだろう』とでも言いたそうな表情で胸を張っているんだ?


 この時俺の脳内では、ピピリッタ氏の含み笑いと共に、けたたましいラブコメ警報が鳴り続けていた。

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