第3話

 そうこうしている間に冒険者協会までたどり着いた。 身分証明証だけでも作りたいが、時間的に今はまだお昼過ぎた頃だろうか? だったら情報収集やらはした金稼ぎやらやっておきたいから、証明証作りに時間がかからなかったらなんか簡単そうな依頼を受けてもいいかもしれない。


 案の定冒険者協会は麦酒の香りがただよっており、サイズの違う石が敷き詰められたごろごろした足元。 建物自体は木製だが、文化が発達していないのか屋内照明はオレンジ色に光るランプだった。


 内部構造を眺めながら受付まで向かう。 木製のカウンターに立っているのは年が近そうな女性。 いわゆる受付嬢。


 受付嬢の名前は何だろうか? セリナさん? アリナさん? それともキャサリン?


 「こんにちは、初めての顔ですね? もしかして、冒険者志望かしら?」


 「はい。 冒険者になりたいです」


 「そう、私の名前はレアーナよ? これからよろしくね?」


 「よろしくお願いします、セリ……レアーナさん」


 この人の名前はレアーナさん。 『ナ』だけはあっていたようだ。


 芥子からし色の髪の毛をゆるく括って肩にかけている。 そして妖艶な目つきとメリハリがしっかりした体型。 清潔感がある白シャツの上にはベストを羽織っており、首元にはスカーフを巻いている。 ぱっと見OLみたいな格好だとか思ってしまう。


 仲良くなり過ぎないよう注意しておくヒロイン候補リストに名前を書いておこう。


 自己紹介しながら差し出された書類に名前を書こうと優しく羽ペンを持つ。 いざ書類に記入しようと内容を確認した瞬間、とあることに気がついた。


 『ピピリッタ氏。 この書類の文字、日本語に見えるのですが、これはマジな日本語ですか?』


 『ああそれね、ウォッコ様の説明覚えてないかしら? まあ無理もないか、一度にあんなにしゃべっても覚えてもらえるわけないものね。 特殊な魔法であなたの目に幻覚のような景色を見せてるのよ。 異世界の文字を自動翻訳して日本語に映るように細工してあるから、ここの文字自体は異世界文字よ』


 『なるほど、翻訳アプリ的なアレですか』


 『まあ、そんな感じかしらね。 文字書くときも日本語で大丈夫よ、手が勝手に動いて異世界文字に変換してくれるから、最初は違和感あると思うけどね』


 早速脳内会話が役に立ち、ピピリッタ氏の指摘が頭の中に流れてくる。 改めて通信してみると、イヤホンから声が響いてくる感覚に似ているとか思った。


 スッゲー便利な魔法をかけてくれているらしい。 ウォッコ様に感謝しながら必要な情報を書き進めてい……こうとしたけど


 『ピピリッタ氏、住所どうすればいいです?』


 『ああ、えーっと。 今から私が言うように伝えなさい』


 俺は脳内で響いてきたピピリッタ氏の声をそのまま口に出した。


 「ちょっといいかしら受付嬢さん? 住所って項目なんですけど、あたし、気がついた時はもう林の中にいて、どこで生まれ育ったかの記憶がすっぽ抜けちゃってるのよ。 だから、住所を書こうにもどこを書けばいいか分からないわ?」


 「……? え? ああ、はい。 そういうことならとりあえず目を覚ました時の場所を教えていただけます?」


 「ここから東にある林の中よ? 歩いて三十分くらいのところかしら」


 「あ、ああ。 東の林ですね? わ、わかりました。 こっちで何とかしておきます」


 なぜか戸惑っているセリナさ……間違えたレアーナさん。 っていうか戸惑うのも当然だよな、突然記憶喪失とか言われてもっ……て感じだし。


 『あの、ピピリッタ氏。 すっごく怪しまれている気がするんすけど』


 『ぶふっ、普通に怪しいに決まってるでしょ? 何よ、ぷぷっ。 さっきの口調』


 何だろう、ピピリッタ氏が胸ポケットの中で腹を抱えて笑いを堪えているのが振動で伝わってくる。 っというか、今頃気がついた。


 俺今、ピピリッタ氏の口調そのまま喋ってたわ……



☆ 

 さっきの口調は知らんぷりを突き通し、手続きが終わった俺はほうと胸を撫で下ろす。 はずだったのだが、


 「これで手続きは終了です。 では、これから身体能力検査をします」


 「し、身体能力検査?」


 「あれ? 言ってませんでしたっけ?」


 「すみません聞いてないです!」


 突然のイベント発生に仰天してしまう俺。


 『ピピリッタ氏ぃぃぃぃぃ!』


 『何よ、うるさいわね!』


 『身体能力検査があるだなんて聞いてないんですけどー!』


 『は? 何そんな焦ってるわけ?』


 そりゃあ焦りたくもなる。 名誉のために言っておくが、俺は確かに生粋のオタクだが運動神経自体は悪くない。 なぜなら小学校から高校まではサッカー部、社会人になってからも元部活メンバーたちと月に一回くらいのペースでフットサルしたりする。 だから俺が最も心配なのは


 『俺はウォッコ様から身体能力と魔法能力に加護を与えられてるんだろ? とんでも記録を叩き出して冒険者協会が騒然とするのが心配なんだ!』


 『そんなの、手を抜けばいいでしょ?』


 ピピリッタ氏はあっけらかんとした口調でこんなこと言ってるが、事態はそう単純ではない。


 『あのな、突然身体能力が上がったら、慣れるまではスッゲー大変って聞くぞ? っていうか理論上大変なわけ! さっきペン持った時折れなくてよかったほんと!』


 『そうかしら? 大体の転移者は普通に身体能力測定とかやって、みんなからすごいすごいって褒められて鼻の下伸ばしてたわよ? 違う異世界の話だけどね』


 『俺をその辺の背負い投げ太郎と一緒にすんじゃねえ! って言うか違う異世界? 異世界っていくつあるの?』


 焦りまくっているせいで、俺は肝心なことに気が付かなかった。 ピピリッタ氏と脳内会話に勤しんでいる最中も、現実世界では時間が過ぎている。


 どこか別の部屋に案内しようとカウンターから出て来たレアーナさんは、その場で硬直する俺を見て首を傾げている。 仕草があざと可愛い。 ……じゃなくて!


 仕方がない、少し変人だと思われるかもしれないが、こうするしかない!


 「あの! レアーナさん!」


 「どうしたんです? ティーケルさん?」


 ティーケルとは、この世界で使う予定の偽名。 今は酒門虎太郎ではなく、この世界風にウォークシ・ティーケルと名乗る事にした。 まぁ今はそんなことどうでもいい。


 「ちょっと申し訳ないんですけど、俺運動が苦手でして……」


 「ああ、身体能力検査が嫌いなんですね? よくいますよそういう方。 でも大丈夫です。 大した事はしないので」


 「ああいや、その……」


 だめだ、言い訳が何も見つからない! 頭の中でピピリッタ氏は『トイレ行くふりして逃げれば〜?』とか適当なこと言ってきやがるけど、逆に怪しまれるに決まってる。 かくなる上は!


 「その、レアーナさんの前で、恥ずかしいところ見せたくなくて……」


 「あらやだティーケルさん。 もしかして、私にいい所見せたいのかしら?」


 「ま、まあそんな感じです。 というわけで、ちょっと準備運動してからまた戻って来ますね!」


 返事を聞かずに風と共に去る俺! 後ろからレアーナさんが声を上げて呼び止めているのが聞こえたが、そんな事は気にしていられない。


 自分からフラグを立てに行ってしまったことは非常に悔やまれるが、もうしょうがないのだこればっかりは!


 身体能力検査でとんでも記録を叩き出してしまうことより、一か八かでフラグを立てに行った方がマシな気がしたのだ。 こうでもしないと逃げる理由に説明つかない!


 フラグなど後でへし折ればいい、これで怪しまれずにこの場をやり過ごせたはずだ! ……たぶん

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