お化けなんてないさ

 ~マリア・ラーズ~


 こうしてボクは、イングウェイ・リヒテンシュタインという仰々しい名前の男が運営するギルドに加入することになった。


 このパーティーは、――拾ってもらってこういうのもなんだが――、とにかく変なギルドだ。

 リーダーのイングウェイはあんまり強そうに見えないけど、他のメンバーからえらく尊敬されている。

 顔が良いのは認めるが、筋肉なんてボクの師匠の半分もないんじゃなかろうか。

 頭はかなり良さそうだが、店を経営しているわけでも、王宮勤めということもないので、もったいないという印象しかない。



「あ、おっはよーございますー、マリア―!」

 朝から早起きで元気なあいさつをしてくるのは、サクラ・チュルージュ。サムライというクラスらしい。


 魔力量はけっこうあるくせに、武器を使う変な女性だ。ボクからすると、イングウェイさんよりよっぽど強いと思う。

 彼女は努力家だ。朝からけいこをしているのをよく見ているが、カタナを振る彼女は、殺気がないのに静かで早くて、とってもすごい。


 変といえば、彼女の持つカタナという剣も、かなり特殊だ。片刃で、切れ味を重視して作られている。そのまま使ってもかなりの威力だが、使用者が魔力を込めて振るうと、さらに強化もできるそうだ。

 こういう武器があると師匠から聞いたことはあるけど、見るのは初めてだ。

 一度じっくりモモフクを見せてもらったが、今のボクじゃとてもあんな剣は打てやしない。


 もしモモフクが折れたりしたら。その時まで必死で修業して、ボクがサクラのために、あのカタナを超える武器を打ってやる。

 いい目標ができた。




「ぐびー、すぴー、ぐびー」


 ほっとくと昼過ぎまで平気で寝ているこの女性は、レイチェル・ヘイムドッター。居候の身であまり言いたくないのだが、本当に大丈夫なのだろうか、この人は。

 黒髪黒目、服は純白。いかにも清楚という感じの美人で、魔力袋もとっても大きい。

 正直、悔しい。うらやましい。

 そしてこの人は、いつも酔っぱらっている。


 その原因の7割は、こいつにある。間違いない。


 ――魔導冷蔵庫。

 鍛冶屋であるボクにはあまり詳しい仕組みはわからないが、組み込まれた魔石の力で、常に中の食品たちを冷たく保存できるという高価な魔道具だ。


 が、そんな高価なものを、この人は、酒の保存にしか使っていない。


 しかも飲んでいるのはいつもビールだ。あんな安物で麦臭い苦い酒を、よくもまあ美味しそうに飲むものだ。

 せめて高級ワインだとかに使えばいいだろうに、まったくもったいない。ぶつくさ。


 ボクが苦々しい顔つきで寝返りを打つレイチェルを見ていると、お客さんが来た。武器屋ではなく、病院へのお客さんだ。

 店番はボクの役目だから、仕方ない。早く常連さんの顔くらいは覚えなくては。

 今日は診察ではなく、いつもの薬を買いに来ただけらしい。


「おーいレイチェル、お客さんだよ。いつもの薬をくれってさ」

「すぴー、すぱー。ふぁえ? ああ、マリアちゃん。 ええと、こっちの倉庫の奥に名前が書いてあるから、てきとーに持ってって渡してあげてください。むにゃー」


 このやる気の無さはなんだろう。父親が亡くなってから、この古い病院を継いだらしい。

 最初こそ、師匠を亡くして跡を継いだボクと似ていると思ったが、彼女を見ていると必死で金床に向かう自分がバカらしくなる。


 おっと、早く薬を取りに行かねば。

 がちゃり。

「まいったな、明かりを持ってくればよかった」

 倉庫は思ったよりも暗かった。

 ボクが薬を探していると、かたかたかたっと、乾いた音がした。


「……?」


 振り向くが何もない。気のせいか。

「えーと、クスリクスリー、っと」


 けたけたけたっ。


 何かいる! 絶対いるっ! ばばっと素早くふりむくが、人の気配はない。いや、しかし、絶対に何かいたよ、ここ! コウモリ? イタチ? いや、何かもっと大きなものの気がする。


 いったい何が……。


 その時だ。ふと棚の方に向き直ったボクの顔のすぐ前に、白い骸骨がぬーっと現れた。


「ふぎゃああああーーーーーっっ!!!」



 ボクの意識はそこで途切れた。

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