新しいギルメン


「助けてくれてありがとう。とりあえず礼は言っとくよ」

 エルフの鍛冶屋は、マリア・ラーズと名乗った。

「気にしなくていい。それより、エルフがなぜ鍛冶を? 魔法系の細工などならわかるんだが」

「あー、実はねー」


 少し踏み込んだ質問だったかと思ったが、マリアは気にせず話してくれた。

 鍛冶屋をしていたドワーフの師匠が飲み過ぎで急に倒れ、そのまま亡くなったこと。主のいないその店を立て直そうとしていることなどを、色々と教えてくれた。

「でも、なかなかうまくいかないんだ」

 マリアは男が置いていった折れた剣を、無念そうに眺める。


「あれ、イングウェイさん? その剣って、なんだか変じゃありませんか」

 レイチェルが気付き、声をかけてきた。


「ああ、レイチェルも気付いたか」

 貸してみろ。俺はそう言うと、マリアの手から折れた剣の半身を受け取る。

 俺が静かに魔力を込めると、刃が淡く光り始める。


「え、光った?」

 製作者のマリア自身も驚いている。

 俺は、光る刃を手近にあった安物の鎧に押し当てる。鎧はあっさりと切り裂かれ、その傷口はバターが溶けたようにゆがんでいた。

 安物とはいえ、鎧に使われているのは本物の鋼だ。そして、安物とはいえ、よく考えると売り物だ。


「えっ、ウソだ、なにこれ!?」

 マリアが試し切りをした時も、おそらく無意識のうちに剣に魔力を込めていたのだろう。

 だが、他人が普通に使ったところでただの剣。そのせいで、例の男が勘違いするほどの切れ味を見せたというわけだ

「おいマリア、これは魔力で切れ味を強化するような細工がしてあるのか?」

「いや、普通に作ったつもりなんだけど。そりゃよく切れるようには頑張ったけどさ、魔力と反応するとか、お師匠様からもそんな技術は習っていないよ」

 まあ、そうだろうな。ドワーフの武器は確かに強力だが、魔力での強化というと、エルフの得意分野だ。

 おそらくドワーフの技術にエルフの魔力が作用して、自然とこのような武器を作れるようになったのだろう。

 才能もあるのだろうが、一番は日々のたゆまぬ努力のおかげだ。

「いい鍛冶屋だな、お前は」


 横で話を聞いていたレイチェルも、マリアの剣に興味を持ったようだ。

「私も試しに使ってみていいですか? ……ってあれ? おかしいな。さっぱり魔力が通らないや。イングウェイさん、よくこんなの使えますねー」

「まあ、そのへんはまだ半人前ってことだな。おそらく魔力路のクセが強すぎて、なかなかうまく扱えないんだろう」

 剣に施されている魔力路は、ずいぶんいびつだ。これではうまく魔力が流れるはずがない。

 製作者であるマリアならともかく、他人が使うには、意識して魔力を流してやらねば反応しないだろう。


「うーん、イングウェイさん、さっきのすぱーって切るやつ、どうやったんですか?」

「別に、普通に魔力を通してやっただけだが。魔力の通り道がいびつなら、俺の方で武器に流れを合わせてやればいい」

「いや、なに簡単に言ってるんですか。武器の魔力の流れとか、そんなこと普通わかりませんって! しかも武器に合わせてやるとか、なんですか、その変態的な魔力操作は!」

「そうか? 普通だと思うが」

 確かに単純な魔力量ではなく、コントロールの精密さに関する分野だが、そんな特別なことをしたつもりはなかったんだけどな。


「イングウェイさん、って言ったよね?」

 マリアが青い髪をいじりながら、何かを考えている。

 と思えば、急に「うっし」と気合を入れてかしこまって言った。


「イングウェイさんっ、あなたをお師匠様と呼ばせてくださいっ!」


「……は?」


「前の師匠が亡くなった今、頼れる人はいないのです。上達のために、ぜひ」


 完全に予想外の展開だ。武器を買いに来ただけなのに、弟子を取ることになるなんて。

 だいたい、魔法道具マジックアイテム作成ならともかく、俺は鍛冶についてはまったくの門外漢だ。

 どう断ろうか困り、助けを求めてレイチェルを見る。

 しかし、大きなため息の後でレイチェルの口から出たのは、さらに予想外の言葉だった。


「いいですよ、マリアさんをうちに呼んでも。イングウェイさんは優しいから、頼られたら断れないでしょ?」


 完全に見透かされていたようだ。

 中途半端な知識で鍛冶の指導なんかやりたくはないが、苦境の中で頑張る若者を見捨てるのは、もっとごめんだった。

「すまん、レイチェル」

「ありがとうございますっ、師匠、レイチェルさんっ!」


「あー、一つ条件がある。師匠はナシだ」

 へ?

 首をかしげるマリアに、俺は言った。

「そもそも俺が鍛冶に詳しくないので、教えられないってこともあるけどな。それよりもお前にはうちのパーティーの専属鍛冶師になってほしい。お前は武器を作り、俺たちは戦う。俺たちが持ち帰る素材を、お前が加工する。そんな対等な関係としてなら、歓迎しよう」


 差し出した俺の右手を、マリア・ラーズはぐっと固く握り返した。

 こうして、うちのパーティーに、無事鍛冶屋が仲間入りしたのだった。


 ……あ、剣を買うのを忘れてた。

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