こんにちは、ブラックスミス


「おいてめえ、いい度胸してんじゃねえか。こんなナマクラ売り付けるなんてよう!」

「ナマクラだって? お前こそ、腕のなさをボクのせいにするんじゃないよ! どうせ無理な使い方をしたからぽっきり折れたんだろ?」


 道の真ん中で、青い髪のエルフと大柄の男が、何やら言い争いをしている。

 男は筋骨隆々とした大男で、装備品から見るに冒険者のようだ。


 男は荒い声で怒鳴った。

「なんだとこいつ――」

「きゃっ」

 振り上げられた拳を見て、俺は思わず手を出してしまう。

 がっしりした筋肉のついた腕を、横から抑える。

 固く引き締まった腕から、男がずいぶんと鍛えているのがわかった。カッとしやすいのはよくないがな。


「横からすまない、関係ないのはわかっているのだが。女の子が殴られるのを、だまって見ているわけにもいかなくてね」

「ちっ、関係ないなら下がってろ」

 男は腕を振りほどくと、若干バツの悪そうな顔を浮かべ、こちらを舐めまわすように見る。

 心中はともかく、話を聞くくらいの冷静さはあるようだ。やはり、ただの乱暴ものというわけではないようだ。


 レイチェルはあわあわと慌てていたが、無視して俺は仲裁に乗り出す。


「俺でよければ話を聞くぞ。一体どうしたんだ、まったく。事情を話してみろ」

「仕方ねえな。こないだ俺がこの店で剣を買ったんだが、これがまた押しても引いても全然切れねえのよ。それどころか、普通に使ってただけでぽっきりと真ん中から折れちまいやがってさ。完全に不良品だ」

「ふむ、腕が悪いのか」

「仲裁に出てきてケンカ打ってんのか、てめえは!?」

 まったく言いがかりも甚だしい。前世でまったくちっとも魔力のこもっていない包丁を使っていた身としては、刃がついていて切れぬというのは、甘えにしか聞こえなかった。


「しかし、刃はしっかりついているぞ。これで文句を言っても、言いがかりとしか思えんな」

「言いがかりじゃねえよ。いいか、売る前のデモンストレーションで、この姉ちゃんはすぱっと丸太を真っ二つに切ったんだぜ? この細腕でよう」


 俺は、青い髪のエルフと、男の太い腕を見比べる。

「魔力じゃないのか? 筋力アップだとか、あとは剣自体に魔力を通すとか」

「バカ言うな。その胸でか?」

 男の鋭い指摘。俺はエルフの胸を見返した。――かわいそうに。いくら魔力操作に長けていても、その胸ではたしかに焼け石に水だろう。

 口には出さなかったが、俺の憐れむような視線で、エルフの女は何かを察したようだ。

「っっふざけんな、お前までーっ! バカにしやがって、こいつーっ!」

 ばたばたしながら抗議するエルフ。おい、落ち着け。お前はまだ、成長途中かもしれないじゃないか。

 暴れるエルフ、まあまあとなだめるレイチェル。一度は落ち着きかけたエルフだったが、レイチェルの胸を見て、なぜか余計にエキサイトしてきたようだ。


「おい、お前ら」

 話に割り込んでくる男。俺は男の前に立ち、ゆっくりと彼の腕に手をかけた。

「まあまあ。とにかく、ここは抑えてくれないか?」

 こいつは見た目ほど弱くもバカでもない。これで察してくれるだろう。


「……っ!!」


 男はびくっとして握られた腕を引っ込めると、「お、おう」と力なく頷き、そのままおとなしく去っていった。


「え? あれ? ちょっとお兄さん、なんであの人、いきなり帰ってっちゃったのよ!?」

 俺は武器屋の娘に言った。

「お前な、あの男は言うほど弱くないぞ。あれで俺との力量差を察したなら、そこそこ強い方だろ」

 意味も分からず首をかしげる、女二人。

 俺がしたことは、単純だ。一瞬だけ力を逆方向にかけ、男の関節を外しかけたのだ。

 別にケンカをしたいわけではないので、寸止めだが。

「まあいい、俺はイングウェイ・リヒテンシュタイン。お前の名は?」

「ボクは、マリア・ラーズ。職業は鍛冶屋(ブラックスミス)だ」

 鍛冶屋だって? 俺はマリアの尖った耳を見て驚いた。

「お前、エルフじゃないのか?」

「なんだよ、エルフが鍛冶屋をしちゃ悪いっての?」

「いや、そういう意味じゃないのだが」


 普通なら、鍛冶はドワーフ、魔法はエルフと相場が決まっているもんだ。

 鍛冶屋を職業にするエルフもいないことはなかろうが、珍しいのは間違いない。

 ちなみにスミスとは、鍛冶屋全般のことを指す。

 ソードスミスやガンスミスなど、作るものによってわけられることもあるが、扱う金属によって区別する場合もある。例えば、ゴールドスミス、シルバースミスといったように。

 ブラックスミスは主に鉄を扱う鍛冶屋であり、武器や防具を扱う。この世界で、冒険者と一番近い関係にある職業の一つだ。


「助けてくれてありがとう。とりあえず礼は言っとくよ」

 うむ。お礼をきちんと言えるのは、とてもいいことだ。

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