ビアーズ・アイランド
パーティーを結成した俺たちは、ささやかなお祝いを開いた。
レイチェルは魔道具の冷蔵庫から、冷えた麦酒を出してくれた。
「これは、ビールじゃないか」
「お、知ってるんですか、イングウェイさん。通ですねえ」
ひょいと隣から顔を出したサクラが聞いてくる。
「これ、居酒屋で飲んだやつですよね? 珍しいんですか?」
たしかに。普通にメニューにあったから、まさかレアものだとは思わなかった。
「別に珍しくはないんですが、これ、冷えているかどうかで味がかなり変わるでしょ? 魔石入りの冷蔵庫を保有できるような、例えば冒険者ギルドの酒場とかですね。ああいうところじゃないと、美味しく飲めないんですよ」
なるほど、確かにそれはわかる。
「「「かんっっぱぁあーーーいっっ!!」」」
サクラがとても楽しそうに、グラスをぶち当てる。こいつ、割る気か。
レイチェルもとても楽しそうだ。
そういえば、二人とも状況は違えど、仲間らしい仲間を得たのは初めてなのか。
少し、守ってやるか。こいつらの”居場所”ってやつを。
ふっと思わず笑みが漏れる。それを隠すように、俺はビールを口に含む。
薄い泡をかき分け、冷えた苦みが口内に滑り込む。
ウイスキーは舌で味わうが、ビールは喉だ。だが、のどごしだとかいう言葉は、俺は嫌いだ。もっと味わうべきだ。
例えば、麦だ。お前は麦をかじったことはあるか?
あるならばわかるだろう。麦の味は、ビールの味だ。ビールが麦の味なのではない、麦がビールの味なのだ。
一息に飲み干すと、炭酸ガスが胃をへこませる。それを強引に押さえつけるように、次の一杯を飲み干すのだ。
ビールは味わう酒ではない。体験する酒だ。
祝いの席で、親しい友と、あるいは仕事の疲れを癒す時に。一気に、流し込む。
グラスを通して美しく光る黄金色が、その上にかかる純白の新雪が、視覚からも俺を楽しませる。
頬がかっと熱くなり、ふっと脳が意識を手放しかける。その瞬間こそが、ビールの与えてくれる最高の幸せなのだ。
キンキンに冷えたビールは最高だ。冷たさが、苦みを押しのけて喉を刺激していく。
ぬるいビールも悪くはない。ごくりと区切って飲むことで、のどに麦の味が残る。
ビールの良さは、つまみとの相性にもある。
安い油を使ったフライなども、ビールは優しく包み込む。
酒の母と言ってもいい。それだけの包容力を、ビールは備えているのだ。
俺がしみじみと飲んでいる横で、サクラは勝手に盛り上がり、バタンとあっという間につぶれてしまった。
俺はレイチェルに言った。
「いいんだぞ、無理に付き合わなくて」
仲間なのだ、俺に気を遣うことはない。そういう意味の言葉だったのだが、レイチェルは何を勘違いしたのか、
「イングウェイさん、これからよろしくお願いしますね」
そう言って俺にもたれかかり、ゆっくりと目を閉じた。
昼間も飲んでいたようだし、さすがに酔って眠たくなったのだろうか。
深酒のせいか、彼女はなかなか寝付けなかったようだ。何度も寝返りを打ち、俺に体を押し付けてくる。
胸が苦しかったようで、無意識のうちにか胸元のボタンが外れていた。
俺は優しく背中を撫でてやる。吐かなければいいのだが。
翌日、俺はレイチェルと武器屋を回っていた。
サクラは頭が痛いとかで、レイチェルの家でまだ寝ている。おそらく二日酔いだ。
探し物は、剣。カモフラージュ用なので、長さや切れ味は二の次だ。あんまり安物だと困るけどな。
「杖じゃだめなんですか?」
と聞いてくるレイチェル。
確かに棒術というのもあるし、魔石を組み込んだ杖なら男でも使える。杖を持つ男冒険者自体はいないこともないのだが。
「刃物のほうが、いざというときに行動の幅が広い。それに、今後、俺とレイチェルの二人だけで行動することもあるかもしれない。さすがに杖を持つ後衛二人組というのは不自然だろう?」
「はー、いろいろ考えているんですねー」
当たり前のことに感心されてしまった。
二人でぶらぶらと歩いていると、客と何かもめている、武器屋の少女が目についた。
青い髪が目立つ。エルフのようだった。
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