平穏の代償

 こうして、俺たちは三人でパーティーを組むことになった。


 かたかたかたっ、くけくけくけっ。


 ん?

 音がしたので振り向いたら、レイチェルのお父さんがカタカタと動いていた。

 きっと、娘のことが心配なのだろう。任せておけ、悪いようにはせん。


「さて、じゃパーティーもできたということで、まずは決めることを決めちゃいましょうか」

 発言したのはレイチェルだ。パーティーができたら最初にすることは決まっている、リーダーの選出だ。俺の中ではすでに決まっている。

「ああそうだな、俺はレイチェルで良いと思うぞ。この国のことにも魔法のことにも詳しいし」


「え? 何言ってるんですか、イングウェイさんのことですよ」

 なんだと?

 俺は意味がわからず聞き返した。ははあ、となるとパート決めか。しかし困った、俺は楽器はうまくはない。この世界に疎いぽっと出がいきなりボーカルというのも、バンド内に亀裂が走る。

 俺は瞬時に考え、無難な答えを導きだした。


「ミハルスならなんとかなると思う、幼少期に使った経験があるからな」

「イングウェイさん、ミハルスってなんですか? っていうか、なんの話をしているんでしょうか」

「知らないのか? カスタネットとよく混同される楽器だ。……すまん、今君たちはなんの話をしている? リーダー決めの話し合いではなかったのか?」


 サクラが横から口を出す。

「リーダーはイングウェイさんに決まってるじゃないですか。強いし、かっこいいし、強いし!」

「私も同感です。洞察力もあるし、任せて問題ないと思います。っていうか、私はそういうの向いてないですから。だいたい知識なんて、わからないときには知っている人に聞けばいいだけなのですよ」

 どうやらリーダーは俺らしい。二人の中では最初から決まっていたようだ。

 やれやれ、あんまり目立ちたくはないのだが。

「わかったよ、引き受ける。だが、他に何を決めるというんだ?」


 レイチェルはぐっと俺の顔を覗き込む。

 黒髪が俺の顔にかかるほど近い。そして酒臭い。

 深い谷間が見えるが、気にしている様子はなかった。冒険者は俺のような高潔な男ばかりではない。あまり他の男に隙を見せなければいいのだが。

 そんなことを考えていると、レイチェルは指をぴっと立て、一言。

「もちろん、イングウェイさんの魔法を、どうやって隠すのか、です」


 そうか、知らなかった。そんな面倒なことが残っていたとは。


「どっちか選んでください。男として魔法を使えない人間を装うか、それとも魔法が使える女として装うか」

 女として、だって?

 俺は自分の顔を頭の中で思い浮かべた。確かに、前の世界の基準でいうと、そこそこの美形な気もする。

 童顔で子供みたいな顔だなーとは思っていたが、そもそも戦いに顔なんか関係ないので、気にもしていなかった。


 しかし。

「……おい、もっとましな選択肢をよこせ。だいたい俺に女装なんてできるわけないだろう。おいサクラ、お前も何とか言え」

「えー、そんなことないと思うけどなー。イングウェイさんって、めっちゃ美形だし、ちょっとこうして――」


 しれっと裏切るサクラ。

 どこから取り出したのか、櫛で俺の髪をちゃちゃっと整え、リボンでまとめる。

 レイチェルまで奥から服を持ってきて、ノリノリだ。「ちょっとだけ、先っちょだけだから」っとか言って、俺に着せてきた。


「ほら、出来ました! 美人さんですよー」


 鏡を見ると、そこには確かに女性に見える俺がいた。

 しかし目つきはきついし、背も女としては高いほうだ。


「おい、レイチェル。やっぱりムチャだろ。――っておい?」

 レイチェルはぽけーっと呆けた表情で、俺の顔を見ていた。

「……はっ、はいっ! すみません、思わず、そのー」

 どうやら女装姿は失敗だったようだな。あきれて言葉も出ないだなんて、よっぽど似合わなかったのだろう。

 少しはいけてるんじゃないかと思ってしまった俺が恥ずかしい。

 俺は、がっくりと肩を落として言った。


「やっぱりぶさいくでひどい顔だったんだろ? だからムチャだろと言ったんだ。しかし、そこまで呆れた顔をされると、さすがに俺もへこむぞ」

「あ、いえ、そんなんじゃっ! その、……ごにょごにょ」

 頼むからそんなに顔を真っ赤にしないで欲しい。そこまで必死でフォローされると、逆につらいだけだ。


「いいさ、俺は男の姿のままでいく。他の冒険者に魔法がバレるようなヘマはしないから、心配するな」

 もともと戦闘魔術師バトルメイジとして、近接戦闘もある程度はこなしてきた身だ。自由に魔法が使えないことくらい、平穏な生活の代償と思えば、たいしたことはない。

 それに、そもそも前世である日本では、ろくに魔法を使っていなかったのだから。


「えー、かっこいいお姉さんって感じで、良かったのになあ」

 サクラがフォローしてくれるけれど、こいつはひいき目があるからなあ。

 俺はなんとも言えない微妙な空気の中、レイチェルに上着を返す。


 レイチェルはぽーっとした顔で上着に顔を埋めると、深呼吸していた。

 じゅるり、とよだれをすする音も。

 ……大丈夫か、こいつ。

 赤い顔の死霊術師ネクロマンサーを見て、俺はため息をついた。

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