サクラ・チュルージョ


 俺が掲示板のあるほうへ歩いていると、曲がり角から急に女の子が出て来てぶつかった。


 どん、ばたん。


「あいたー、すすすみませーん、前を見てなくて」

 尻もちをついた女の子。

「いや、大丈夫だ。何ともない。君は?」

 そう言いながら右手を差し出す。立ち上がるときに神秘的な谷間がちらりと見えた。ふむ、魔力量はCといったところか。

「大丈夫です、ありがとうございます」

 やれやれ、こっちに来てからぶつかったり倒れたりと、本当に騒がしい世界だ。


 そのとき、俺はその女性が珍しい服装をしていることに気付いた。

 和服だ。

 日本人でもあった俺からすると、たいして珍しくもないのだが。


 俺はその女の子を上から下まで見て、思わずつぶやいた。

「桜、か」

 その女の子の髪の毛は薄いピンク色。来ている和服も白とピンクで、とても美しい。まるで春に咲く桜のような色合いだった。


「ふえっ、なんでお兄さん、私の名前を知っているんですかっ!?」

 女の子は慌てて聞いてくる。

「ん、何のことだ? 君を見ていると桜って花を思い出して、思わず口にしてしまっただけだが」


 どうやらこの子の名は、サクラというらしい。

「私の名前は、サクラ・チュルージョと言います。遠くにある故郷から修行の旅に出て来たはいいんですが、あても無くてお金も無くて。宿代も払えず、冒険どころか皿洗いの日々なんですー」

 なんだこの一方的なまくしたてるような自己紹介は。

「ああ、そう、大変そうだね」


「お兄さん、今冒険者登録してましたよね? ね?」

「ああ、確かにしていたが……」

「私とパーティーを組みませんか! きっとお役に立てますよ!」

「断る」

 ずがーん、と派手な音を立て、サクラはずっこけた。

「な、なんでですかーっ?」

「俺は一人で十分だし、君はうそをついているからな」


 冒険者登録自体は初めてでも、パーティーを組んでのクエストなど、前々世で山ほどやっている。俺は彼女の不自然な点に気づいていた。

 ほえ? と首をかしげるサクラ・チュルージョに、俺は指摘してやった。


「”私”とパーティーを組んでくれと、君は言ったな。”私たち”ではなく。その大きな胸なら、魔力もそこそこのはずだ。つまり、すでに君はパーティーを組んでおり、しかもそれを隠している。となれば、俺に声をかけた理由はひとつ――」


 俺はそこで言葉を切った。


 サクラが目に涙をためつつ、必死で泣くのをこらえているのがわかったからだ。


「もしかして、何か事情でもあるのか?」

「……ぐずっ、はい」

「話してみろ、聞いてやる」

 俺はとりあえず酒場へと戻り、サクラの分のビールを注文してやった。


「えと、どこから話していいか。まず私が故郷の村を追い出された原因からでいいですかねえ」

「追い出された?」

「はい。私の村は代々、傭兵業が盛んで。サムライという職業が特産なのですが」

「ああ、それでカタナを持っているのか」

 俺の言葉に、サクラは目を輝かす。

「おにーさん、カタナを知っているんですかっ! こんなマニアックな武器をー!」


 サクラは涙をビールで流し込むようにごびごびと一気に飲み干すと、けふーとうまそうなため息をついた。

「けほっ、うまいですね、このお酒。苦味がびびっとのどに来て。うん」

 満足そうでなによりだ。あとは話を進めてくれれば、何も言うことは無い。


 じっと冷たい視線を送り続けている俺に気付き、サクラは気恥ずかしそうにごまかしながら、話を続けた。

「ああ、失礼。だめだなー、お酒っておいしいですから、つい、ね。飲み過ぎちゃうんです。 あーそんなことより私の話なんですが。私はご覧の通り運動神経が鈍く、戦いの役に立てないどころか足手まといで、村の仲間からもいじめられてたんです」

「運動神経がだめでも、魔法があるだろう。君の魔力は、少なくともCランク以上はあるはずだが」

「それが、その村のみんなは『魔法なぞ邪道、カタナこそ戦の華だ!』とかいうタイプでして」


 ああなるほど、ようやくわかった。この娘は脳筋村からつまはじきにされたというわけか。

 しかし、魔力は何もぶっぱなしたりするだけが使い道ではない。ちゃんとした魔術師に習えば、魔力を体力や運動能力に変換して、剣士としても戦えるはずなのだが。


「しかもみんな、習うより慣れろ!とか言って、すーぐ木刀で打ち込んでくるんですよ。泣いてもやめてくれないし」

 なるほど。苦労したのだな、こいつはこいつなりに。


「そこでほら、結局村にいづらくなって飛び出したものの、弱っちい私に居場所なんてやっぱりなくて。そんなとき、急にかっこいいお兄さんが私の名前を呼んでくれるものだから、ああ、やっと頼れる人が見つかったかもーっ!って喜んでたのにー」

「そこは偶然による勘違いだ。俺は厄介ごとなんかごめんだし、お前と一緒に仕事をするつもりもない」

「ぐすぐす……。でも、私の村のことを知っているでしょ?」

「いや、知らんぞ、まったく」

「でも、カタナを知っていました。あんな辺境のド田舎で使われている武器を知っている人なんて、普通いませんよ。ぐずっ、うええーん」


 しまった。後悔したが、遅かった。サクラは俺のことを運命の相手だと思っているようだ。

 こういうタイプは苦手なのだ。本人に悪気がないから、余計にたちが悪い。

「わかったわかった、これも何かの縁だ。俺がお前を一人でも戦えるように鍛えてやる、だから泣き止め」


 こうして俺は、本格的な冒険前に早くもお荷物をしょい込むことになった。

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