ギルド下で渦巻く悪意


 どうやら俺が転生したのは、アサルセニアという名前の国らしい。王様がいるらしいので、アサルセニア王国ということか。

 そして俺が倒れていたのは、その中の小さな地方領主のうちの一つ、レノンフィールド家の庭だったようだ。

 そう、この口の悪いキャスリーは、貴族のお嬢様だったのだ。


 レノンフィールド領は辺境にある。辺境だから平和というわけではなく、逆に魔獣の脅威は王都よりもずっと身近だ。

 さっきのハイドラはさすがに例外としても、ゴブリンやらオーガの討伐程度なら珍しくはないようで、腕の覚えのある冒険者も多くいるらしい。当然、剣士や魔術師も多いのだろう。


 本日はキャスリーの屋敷に泊まった。思った以上にしっかりした屋敷で、何人もの使用人もいた。

 そして、何人もの正妻と側室。主人は留守であったが、なかなか豪放な人なのだろう。

 男ならば武功を立てるなり頭を鍛えるなりして、のし上がっていくものだろうが、魔術が女性のものという世界で、どう生きてきたのだろうか。興味はつきない。


 ん、もしかしたら当主は女性ということもあるか。いかんな、常識にとらわれては。


 次の日。


 だいたいの情報はゲットした。これ以上の長居は必要ない。

「いろいろありがとう。世話になったな、キャスリー」

 キャスリーは恥ずかしそうに、もじもじしながら言った。

「いやですわ、助けてもらったのはこちらの方ですのに。それに、その、……キャシーって呼んでもいいんですのよ?」

「しかし、お嬢様相手にそれはなれなれしすぎないか?」

「むー、人の胸をもんどいて、今更何をおっしゃるのやら。……じゃあ、わたくしがあなたのことを”インギー”と愛称で呼ぶのは、かまいませんか?」

 変な奴だ。

 呼びたいなら勝手に呼べばいいだろう。俺がそう言うと、キャシーは小躍りして喜んでいた。


「では、またな。マッサージや魔力循環などの訓練を怠るなよ。地道に続ければ、少しずつ魔力が育つはずだ。がんばれ」

「ええ、インギーも。ご武運をお祈りしていますわ」


 いいことをした後は気持ちがいいな。


 さて、屋敷を出た俺は、てくてくと町へ向かって歩きだす。

 冒険者ギルドがあるらしい。まずはそこを目指そう。



 昼過ぎに大きな城下町についた。


 王都アサルセニアだ。

 王都を歩きつつ思いだすのが、日本のトーキョーという町の風景だ。

 アサルセニアもそこそこ大きい街のはずなのだが、いかんせん現代日本のあの街並みを見てしまうと、まるで某遊園地の風景のようだ。

 もちろんネズミやアヒルなどの、俺が知っている動物はいないが。


 門番らしき人物に声をかける。


「こんにちは、俺はレノンフィールド領のほうからやってきた旅人だが、冒険者ギルドはどこにある?」

「ああ、ギルドならここをまっすぐ行ったところだ。レノンフィールドのほうは最近魔獣の活動が活発だって聞くけど、大丈夫だったか? そんなところから来たのなら、お前もきっと強いんだろうな。歓迎するぜ」

 なかなか感じのいい男だ。


 さて、ギルドはレンガ造りの頑丈な建物で、1階には酒場も併設されていた。うん、やはりこうでなくては。


 俺はキャスリーにもらった路銀から、ウイスキーを注文する。値段の相場はわからないので、適当だ。


 ぐびり。


 やはりウイスキーはうまい。


 まず色、そして香り。クセが強かったり洗練されていないものでも、どれもそれぞれの味が出るのがいいところだ。一番ダメなのは、においがしない上品なやつだ。

 口に含み、アルコールが口内を漂うのを感じる。ああ、舌を刺激するこの感覚だ。これが酒だ。そして鼻に抜ける香り。つんと刺してくる感覚が、しっかりと残る。

 少しマイルドで、わずかに水で割られたようなやさしさがあった。これもまた味があっていい。飲み込む前にゆっくりと舌に絡ませて、味わうのだ。そのあとは、半分だけ飲み込む。

 熱い。

 焼けた空気がのどをさかのぼってくるのを待って、残りを飲み込む。

 かっと熱くなる感覚が素晴らしい。ああ、ここの世界もウイスキーがある。

 これだけで俺は生きていける。


 俺はつまみを手に取る。今回はチーズだ。つまみはなんでもいい、干し肉でもチーズでも。欲を言うなら、噛んだ後に旨味が染み出してくる奴だ。味は濃ければ濃いほどいい。ウイスキーの後味を、チーズで変化させる。そう、消すのではない。変化させるのだ。

 未だ刺激が残る舌の上に、俺の体温で柔らかく溶けかけたチーズが広がる。

 塩気と酸味。それが舌の上を漂っている間に、二口目のウイスキーを浴びせるのだ。

 素晴らしい。燻製臭さが鼻の奥に抜けていく。この瞬間がたまらない。

 俺は少し天井を見上げると、ゆっくりと深呼吸をした。


 さわやかな風が、鼻から喉に抜けていく。


 旅の疲れをアルコールで中和した俺は、ギルドの受付嬢に話しかける。

「お嬢さん、冒険者として登録したいのだが、手順を教えてくれるかい」

「は、はいっ、喜んでっ!」

 金髪さらさらヘアーの受付嬢は、俺の手を握りながら熱心にギルドの説明を始めた。

 熱心なのはいいが、少し顔を近づけすぎじゃないか?


 それにもう一つ。


 さっきから、後ろの冒険者たちが殺気立っているのがわかる。

 ゲームというわけではないし、初心者狩りなんて風習があるとも思えないのだが。

 やる気があるのは良いことだが、気になってろくに説明が頭に入らない。


「あいつ、むかつくぜ。ギルドのアイドルのアリサちゃんを」

「ちょっと顔が良いからって、調子に乗ってんじゃねえぞ」


 ……ただの嫉妬だったようだ。

 やり合っても、負ける気はしないけどな。


「――ということです! ではここにサインを――」

「ああ、わかった」

 俺は言われるままにサインをする。イングウェイ・リヒテンシュタイン、っと。


「かっこいいお名前ですねっ!」

 せやなー。

「次にこちらにクラスとレベルをお願いしまーす!」


 ウィザード、レベル85……っと。


「書いたぞ」


 ん? 沈黙が続くので顔を上げると、アリス嬢が眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。

 もしかしてこの世界は数学が未発展で、85まで数えられないのだろうか?


「イングウェイさん、マジメに書いてください。あなた男でしょう、なんですかウィザードって。それに、レベル85? 王国最強と呼ばれる勇者さんだって、やっとこさレベル42ですよ」

 あー、しまった。俺は自分のうかつさを反省した。しかし、魔法についてはともかくとして、レベル42程度が最強だと? 本当なのか?

 まあいい、国の外にはもっと強いやつもいるだろう。


 そんなことより、俺はさっさとここを離れて、依頼の掲示板を見に行きたくて仕方がなかった。

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