俺の職業? 魔術師だが?


 そのときだ、がるるるーと唸り声が聞こえ、大きな多頭の大蛇が現れた。


「きゃー、も、もんすたーですのー!?」

「ほう、グラスハイドラか。 めずらしいな、こんなところにいるなんて」

 俺は余裕だ。だがキャスリーは慌てている。


 グラスハイドラは、草原にすむ多頭蛇ハイドラの一種だ。そんなにレベルは高くはない、とはいえ、人里近くにぽんぽん現れるモンスターでもない。

 かつての世界だとBランク冒険者によって討伐依頼がなされるていどだったろうか。ここが別世界ということを考慮しても、似たような生物なら、似たような強さだろう。


 もちろんキャスリーがどうこうできる相手ではないので慌てるのもわかるが、俺のことまでただの人間エサと思ってもらっては困る。


「下がってろ。すぐ終わる」

 無言でこくこくとうなずくキャスリー。

 俺が前に進むと、グラスハイドラも のそのそと首を持ち上げ、戦闘態勢を取った。


 久しぶりの戦闘だ、確認することは多い。まずは転生によるレベルダウンがどれほどか。魔力量は? この地域に満ちるマナの質と、使用時のクセは?


 そして、相対するモンスターの体力や抵抗力。


「ステータス・オープン」


 ぶんっと鈍い音がして、俺の前にダークブルーのウィンドウが現れる。俺の意志のままに、小刻みにスクロールとサブウィンドウの開閉が行われる。

 雑魚とはいえ、敵の目の前だ、必要な情報だけを即座に読み取っていく。


「うーん、レベル85か。かなり下がっているけど、仕方ないな」


 やけに魔力量が下がっているのが気になった。知性(INT)と精神(MEN)のダウンが少ないのは救いだが。

 準備はできた。右手に魔力を集め、炎の術式を組んでいく。うむ、素直に発動するな。この世界のマナはクセが無く使いやすい。


 首の一つをめがけ、≪火球ファイアーボール≫を打ち出す。抑えめに放ったその火球は、ヒドラの首を直撃し、黒煙をあげた。


 ずぎゃおう。


「ふむ、あの効き具合だと、ハイドラのレベルは25前後といったところか。思っていたのとそう変わらんな」


 首の1本がだらりと垂れ下がり、残りの首が悲しそうな声を上げている。「げうるるるーい、げうるるーい」

 ダメージとしてはまあまあだ。本当なら首の一本程度消し飛ばすつもりだったが、ハイドラの生命力の高さか、俺の魔力が思った以上にダウンしているせいか。


「残り4本」


 俺が構えると、ハイドラは殺気を察したのか、踵を返して森の奥へと消えていった。げうるるーい、という鳴き声を立てながら。

 まあいい、逃げる奴を追いかけてまで殺す趣味はない。


 ハイドラが消えると、キャスリーがぷりぷりと怒りながら寄ってきた。

 踏みだすたびに風にそよぐ金髪は、かつて暮らしていた世界の稲畑ライスフィールドを思わせた。

「どうしたキャスリー? ――って、おい、お前、どこを触ってる!」


 キャスリーは俺の服の中に手を入れ、胸をべたべたと触ってき ――いや、今はむにむにと揉んでいる。

 そして、青い顔をして言った。


「やっぱり! 無い、わたくしよりつるぺたでございますわ!!」


 ……おい、何を言っている。

「胸の話なら、俺は男なんだから、なくて当たり前だろ」

 ツッコむのもバカらしいが、一応ツッコんでおく。

 それともこの世界の男たちは、隠れ巨乳なのだろうか。


「冗談いわないでくださいまし。あんな魔法が使える殿方なんて、いるわけないですわ!」

 キャスリーのセリフに、俺は間抜けな声で聞き返した。

「ええと、魔法が使える殿方がいないとは、いったいどういう理屈で?」


 いくらこの世界の住人とはいえ、魔術理論についてこんな子供に聞いても答えが返ってくるとは思えなかったが、戻ってきた回答はとても単純なものだった。


「だって、男にはおっぱいがありませんもの」


 頭痛がしてきた。防錆剤を持ってきてくれと頼んだら、サラダ油を持ってこられたようなちぐはぐさだ。

「ええと、キャスリー、僕は今、魔法の話をしていたのだが」

「ええそうよ、イングウェイ殿。わたくしは魔法の話をしたの」

「それで、なぜ、その、……おっぱいが?」


 キャスリーは当然のように言う。

「なぜって、魔力は胸にたまるものでしょう? おっぱいのない殿方には、魔法が使えないのは当たり前のことですわ」

 何を言っているのだというキャスリーの視線が痛い。これがこの世界の常識なのだろうか?

 魔力理論に関しては私も色々と研究したが、そんな話は聞いたことが無いぞ?


「ええと、魔力は生命エネルギーのようなもので、生きているならだれでも持っているはずだ。個人の魔力量の差が大きいのもわかっているが、男だからといって、魔法が使えないという理屈はないと思うぞ?」

「でも、魔法に一番大切なのは、魔力量でしょう?」

 俺はキャスリーの胸をじっと見つめた。


 なるほど。


「キャスリー、大丈夫だ。俺が以前住んでいたせかい……国では、『第二次成長期』という言葉があった。もう少ししたら君の体も成長する時期がきっと来る。だから――」


「ばばば、ばっかにしないでくださいまし! わかってますわよ、自分の魔力量くらい! でもでも、私だって大人になったら、すっごい魔術師になるんですから! さっきのあなたよりもずっと大きな炎で、ハイドラなんて軽く吹き飛ばして見せますわっ!」


 まったく、気を使ってフォローを入れたのに、めんどくさい女だ。


 と、そこで俺はあることに気づいた。キャスリーの体をめぐる魔力の流れが、いまいちスムースではないことに。

 俺は ≪魔力視マジック・アイ≫を唱え、彼女の体を上から下までじっくりと確認する。


「なるほど、ここか」


 俺はキャスリーを抱き寄せ、胸元にするりと手を滑らせる。

 ふむ、確かに魔力量は少ないな。


「きゃ、ちょっと、へ? なにをなさるんですのーー!」


「うるさいな、ちょっと黙ってろ」


 俺はキャスリーの体内の魔力の流れをちょいちょいといじり、同調シンクロさせた俺の魔力を送り込む。

 キャスリーが自分自身で、体をゆっくりとめぐる温かい流れを感じられるように。


「やっ、やめっ! ……って? あれ、なんだか気持ちいいですわ。それに体が軽くなったような気がしますの」


「ふむ、これでいい」

 平べったく骨ばった感触だったものはゆっくりと膨らみを増していく。

 AAランクだったキャスリーの魔力量は、Aほどには成長しただろうか。わかりやすくネジで例えると、皿から丸皿くらいにはなった。このまま成長すれば、トラスくらいならすぐだろう。

 キャスリーの体から離れると、ほら、やってみろ、と促す。

「なにがいいんですの、まったく! 許しませんわー!!」


 キャスリーはろくに魔力を編まないままに魔法を放つ。

 ぐわっと巻き起こった炎が巻き起こった。


「え、うそ、今の炎、私がやったんですの……? 今までどんなにがんばってもできなかったのに……」


「思った通りだな。魔法に魔力量は大切な要素だ。しかし、本当に大切なのは、魔力を自分の力として扱う技術、イメージだ。

 体をめぐる魔力をイメージするんだ。慣れれば自分でも意識してできるようになる」


 さっきまでのイライラはどこへやら、キャスリーは初めてまともな魔法を使えた嬉しさに、飛び上がって回りながら喜んでいる。

 どうやらこの世界で魔法が使えるということは一種のステータスであり、彼女はそれができないことでえらく悩んでいたのだろう。


 俺の話を聞いてないのはわかっていたが、喜んでいるならまあいいか。

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