第18話

 どれくらいの人が死んだのだろうか。次第に騒がしかった戦場は、音を失っていく。絶えず鳴り響いていた銃声も、今となってはもうまばらである。

 サトルの言う通り、時間の経過と共にタケルは回復した。完治したわけではないが、確実に修復へと向かっていた。息も正常である。


「驚きました。こんな私にも、利用価値がまだあると言うのです?」


ニヤリと笑いながら言い放つタケルに、サトルはため息混じりに「さあな」と返した。それが気に入らなかったのか、タケルは刀をサトルに押し付けると、こんなことを言う。


「殺してみせてくださいよ。私を殺せば貴方は英雄です」


サトルは流石に我慢ならなかった。ハエを叩き落とすかのように刀を地面へと叩きつけると、その刹那、今度はタケルの頬を打った。


「おい、怪我人だぞ?!」


武命が制止しようと間に入るが、相手は軍人、簡単に武命を突き飛ばし、もう一度タケルの頬を殴った。


「誰がテメェなんぞ殺すか! 自惚れるなよ、小僧! バケモノのレッテルにすがっていたのは貴様だろうが! バケモノの異名がなければ、正気でいられない臆病者め! それでもまだ、足りないとわめくのか!」


サトルの怒りは凄まじかった。そこらで起きている爆発より、何倍も大きなものだった。彼の怒号を聞いて、武命は安心した。彼の言の葉の中には、彼なりの優しさが見えた。

 サトルは、好きでタケルを道具扱いしていたわけではなかった。タケル自身が、道具であることを望んでいたことに気がついていた。そうすれば、人として思い悩むことはないのだと。罪悪感に蝕まれ、己の卑劣さを嘆くことはないと。そんなタケルの深層心理を理解していたが故の扱い方であった。ハジメが希望を見せる者なら、サトルは絶望に寄り添う者である。

 タケルは呆然とサトルを見つめていた。彼が怒りに身を委ねるのは初めて見る。視界の隅でちらちらと硝煙が揺れている。火薬の匂いに頭を狂わされ、思考も言葉も奪われた。

 サトルは、ゆっくりと視線を戦場に向けた。敵は撤退を始めている。刀疵かたなきずのある死体を踏みつけながら、仲間達が逃げる兵達を追っている状況である。


「我々の勝利だ。守りきった。一度、戻ろう」


サトルの指示に、不満の声が返って来る。


「また撤退するというのですか?! 今回こそ優勢だったようですが、世界的に見れば、未だ状況は変わりません。どうか、進軍を! 時は一刻を争うのです!」


しかし、サトルの決意は変わらなかった。


「撤退だ。指揮官が重症である以上、悪いが、進軍はできない。それに、戦況が世界的に見て劣勢なら尚更進軍は無謀だ。文句があるなら、帰ってその不満を上に伝えろ。これは決定事項であり、命令だ。異論は認めない」


威圧感のある声が、ビリビリと通信機を震わせながら通っていく。これには、流石の兵士達も反論する気は起きず、「了解」の声だけをサトルに渡した。


 半日かけて村に戻ると、ミコトは二人の帰還をホッとした様子で見守った。サトルはミコトに挨拶だけ残すと、軍人用の仮設住宅へと足を向けた。どす黒い雲が、月や星を隠している。武命はタケルの肩を持ち、家の中へと運んだ。

 玄関で倒れ込むタケルを見下ろす影が一つ、落ちる。


「無様だな。口ほどにもない」


それは、少しやつれた顔のミヤビのものだった。


「だから言ったんだ。お前に軍人は向かない。医者になれって」


ミヤビは放心状態のタケルを両腕で包み込むと、母のような笑みを浮かべた。


「莫迦なやつだよ、お前は」


ミヤビの胸の中で目を閉ざすタケルを横目に、武命は手招きをするミコトの元へと歩み寄る。


 ミコトは部屋に武命を入れると、鍵をかけてから椅子に座った。武命も同様にして、椅子に腰をかける。


「門は見つかりそうですか?」


予想通りの問いである。武命は少しだけ答えに迷った。しかし今後のためにも、言わなければならない。武命は彼女の目をじっと見つめて、静かに言った。明かりのない部屋で、彼の声が小さく響く。


「実は、戦場でタケルに会う前から、既に門は見つかっていたんだ」

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