第17話
無慈悲に人の命が奪われていく。泣き叫ぶ女子どもの声が聞こえていないのか。必死に我が子を守る母親も、愛する子を胸に抱いたまま、共に撃ち殺されていく。
「なんて
武命の呟きは、銃声に食い殺された。もはや、彼らの目に武命のことなど映っていない。罪のない同郷の仲間を殺された怒りだけが、彼らを前に進めている。ふとタケルを見ると、虚ろな瞳に代わりはなかったが、悲しき本能だ、狩る者の強さを宿して敵を見据えていた。
「……大丈夫なのか、お前」
武命の気遣いも虚しく、タケルは刀を抜き
「さぁ、何人殺せば良いのでしょう……」
ゆらりと二歩ばかり足踏みをすると、風の如く戦場を駆けて行った。あまりにも足が速いものだから、追う気にもならない。近づけば自分が殺される気さえした。タケルを心配しながらも怯えているという、なんとも複雑な心を抱え、武命はじっと息を潜める。
(死ぬのか、俺は、ここで)
次々と撃ち殺されていく人々を眺めながら身を震わせる。武命は遠のいていくタケルの背中が気がかりで仕方ない。できれば側にいて欲しいと願えど、叶うことはない。寒くなっていく心を押し殺しながら、武命は耐え続けた。
しかし、状況は悪化するばかりである。よく見れば、味方の数がかなり減っている。無理もない。彼らは戦いを終えた後、すぐに戦場へと駆けつけたのだから。いくら己を奮い立たせたところで、疲弊した心身で対等に万全な状態の者と戦える生き物は存在しないのである。唯一例外がいるのであれば、今、まさに武命が心配そうに見つめる先の人物、『サムライ』くらいだろう。
「止められないのか、あいつを!」
思わず武命は叫んだ。タケルはもうボロボロである。手足は赤く塗りたくられ、腹部にはどうやら穴が空いているようだ。戦わせて良い状態ではない。これ以上は死んでしまう。それでも彼は止まらない。武命は恐れていた。タケルの死も、己の死も。
「騒ぐな。俺が行く」
難関なミッションを、引き受ける、と名乗りを上げたのはサトルだった。武命は少し驚いた。サトルのことを冷酷非道なやつだと決めつけていたからである。彼もまた、いつかの男たちのようにタケルを『道具』として扱っているのだと思い込んでいた。サトルに慈悲があったことを意外に思ったのだ。
(そういえば、言葉とは裏腹に、タケルを気にかけている様子だった。俺の話も信じた。根は良い人なのか? しかし根が良いやつが小さな人間の男のことを道具扱いするものだろうか)
一度抱いた不信感というものは簡単に拭えないもので、武命は遠ざかる大きな背中をキリッと睨みつけた。持っていた銃を置き、懐から拳銃を取り出しながら走る。徐々にタケルと距離を詰めると、サトルはタケルの腕を撃ち抜いた。痛々しい様を前に武命は目を逸らしたくなる。しかし、流石は軍人と言うべきか、仲間の大男に腕を撃たれたとしても、タケルは止まろうとしない。利き手でない左の手に刀を持ち替えると、再び前へ進む。サトルは更に足を三発ほど撃ち、ようやく動きを止めた。
武命は二人の元に駆け寄ると、タケルの体を引き寄せ、抱きしめた。
「気持ちはわかるが安全な場所へ。お前たちはまだ死ねないのだろう? ……いや、死んではいけないのだ」
サトルは彼らを庇うようにして、比較的安全な場所へと誘導する。そして、最後には手榴弾を投げて近くの敵を一掃した。
武命は黙ってタケルを抱きしめていた。彼を見ていると心が痛かったのだ。傷ついてもなお進む彼の姿は、見るに耐えないものであった。それが、無理をしていた時代の自分と重なって見えたのである。
「例の回復薬は」
「ある。だが、これを使っていいものか」
「使ってはならない理由があるのか!? 今、ここで、死にかけている人間がいるんだぞ!」
「タケルはこの程度では死なない。そういう体にされている。もし、これを使えば再び戦いに走るぞ」
武命は大きく舌打ちをした。胸の中でヒュー、ヒューと苦しそうな浅い呼吸が繰り返される。今にも消えそうな呼吸である。助けてやりたい気持ちが強い。だが、助けてやれば彼は間違いなく戦場に戻る。それでは意味がないのだ。
「俺はどうすれば良い?!」
己の無力さを嘆きながら、どうすることもできない現状を武命は恨み叫んだ。サトルは冷静に首を振る。
「最早、手遅れだろう。この戦いが終わるまで耐えてくれ。安息の時が訪れるまでの辛抱だ」
武命は強く拳を握った。奥歯を噛み締め、怒りに身を震わせている。
「仕方のないことなのだ。戦争が彼を狂わせてしまったその時からこれは必然となった。運命なのだ」
タケルが言葉を発することはなかった。彼から聞こえるのは、虫の息と、体から滴る血の雫の落ちる音。微かに聞こえる彼が生きている証である。しかし、そんな証を隠すようにして銃声が鳴り響いている。
この世は無情。武命の顔は、みるみる歪んでいくのであった。
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