第15話
武命は早朝から走っていた。ミコトから受け取った地図を頼りに、タケルのいるであろう、戦場を目指す。印のついている場所に着いたが、一つ目の戦場は閑散としていた。引き返そうと振り返れば、爆発で吹き飛んだのか、片手だけが木に引っかかっていた。よく見ればバラバラになった肉片が地面に落ちている。武命は、ヒ、と小さく悲鳴を漏らすと、なるべく周りを見ないようにして来た道に戻った。
戦場から離れた場所に来ても、無惨な光景を鮮明に思い出してしまう。武命は涙ぐみながら三度ほど嘔吐した。
日が高く登った頃、二つ目の印の場所に辿り着いた。本来ならお腹の空く時間だが、生憎、この状況で食欲が湧くほど、武命のメンタルは強くない。上手く動かない体を引き摺りながら進み、もう腹には何もないというのに不快感を吐き出そうと戻すふりを繰り返す。ふと、足元を見ると、相変わらず死体があったが何か違う。
(切り傷……しかもまだ血が赤い……)
武命は微かな希望を地獄の中に見つけた。この生々しい傷跡が彼の軌跡である。
(敵か味方か、一か八かで、捕まえてみるしかなさそうだな)
妙に冷静に働く頭に足を委ねると、タッタと彼は走り出した。烏が硝煙を避けながら真っ黒に淀む空を飛び回っている。吹き抜ける風が熱を持ち、肌を焦がす。それでも武命は走った。
黒煙の奥に人影が見える。こんな場所で葬式でも行っているのか、という空気を離れていても感じた。武命は息を呑むと、人を掻き分けて先頭の人物の元へと向かう。途中、悲鳴がありながらも殺されなかったということは、当たりなのだろう。
人混みの中から脱するのにどれくらいの時間がかかっただろう。息を切らしながら武命が顔を上げると、自分と同じ顔がそこにあった。
「タケ、ル……?」
恐る恐る彼の名を呼ぶ。返事はない。武命は彼の腕を掴むと、自分の方に顔を向けさせた。
「……おい、大丈夫か」
意識がないのか、目が合うことはない。武命は恐怖した。ついに心を壊してしまったのだと、一目見て理解してしまった。上司となった彼に向けられている目線は冷たい。何をしたのかは知らないが、この状況がよろしくないことだけはわかった。
「お前は誰だ。関係者以外は戦場へ立ち入りはできないはずだぞ」
銃を構えた男が、武命に言う。武命は少しだけ戸惑ったが、手を挙げることなく、飄々とした態度で言葉を返した。
「こいつの双子の弟だ。最近のこいつはあまりにも調子がおかしかったからな。様子見に来たわけ」
嘘である。だが、その容姿から信憑性をえたのだろう。その言葉を「嘘だ」と決めつける者はいなかった。自分の上司に関しての興味はさらさらなかったらしい。やはり「道具としか見ていない」のだろうか。良いことなのか、否か、武命は複雑な心境になる。
「しかし、お前は軍人ではないだろう」
「あぁ、記者をやっている」
「記者? 新聞か」
「いや、ラジオだ。ヤマトラジオ」
「なるほどな」
ミコトに教わったシナリオ通りに進む会話に、緊張しながらも、内心笑ってしまう。こんなに上手くいって良いものだろうか。都合良く、『戦場リポート』というコーナーを設けているラジオがあって助かった。武命はある意味運が良いのかもしれない。
「それで、情報収集のついでに兄の様子を観察すると」
「そう、その通りだ。取材しても?」
「構わないが、ここは危険だ。移動しよう」
使い物にならないタケルに代わり、いかにも、我こそが軍人である、と言わんばかりの大男が指揮を取る。武命はタケルの肩を持つと、男の指示通りに歩き始めた。
辿り着いた先は村ではなく、森の中だった。慣れた手つきでテントを張り、火で暖をとる。命の奪い合いをした後だというのに、何食わぬ顔でキャンプを楽しんでいる。先程から食料がどうだという話しか聞こえてこない。
「何かアレルギーはあるか?」
例の男は武命に問う。親戚のおじさんかと思うくらいには穏やかな声だった。「人は見かけによらない」と言うが、その通りだと思う。武命はリラックスした状態で首を横に振った。
「んじゃ、いっぱい食べてくれよな!」
差し出されたのは紙皿に山となった肉と少しの野菜。普段なら「ありがとうございます!」と顔を明るくさせて喜ぶところだが、生憎、今の武命に肉は厳しい。皿の上の肉と、戦場に散る肉片をどうしても重ねてしまう。青ざめていく武命の顔を見て察したのか、申し訳なさそうに男は量を減らした。
「……少食か。だが、少しは食べなければならない。食べられるものだけ食べなさい」
武命は頭を軽く、しかし何度も下げながら皿を受け取る。幾分か彩豊かになった紙皿を見て、武命は少しだけ唇を震わせた。
皆が食事を始める。森の中は賑やかになり、もはや、誰が何を言っているかはわからない。そんな中、男は武命に近づくと、その巨体から想像できないほど小さな声で言った。
「さて、どんな話が聞きたい? 記者としての質問出なくて良い。お前の知りたいことを俺に話してみろ」
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