第14話
上司である彼が死んだために、タケルが指揮官になった。約五百人を率いる者。背中に命の重み感じ、タケルは改めて、ハジメの偉大さを知った。
深呼吸をして、前を向く。
「これより、作戦を開始する」
敵の数は約八百。数で言えば圧倒的に不利だ。そうなると、タケルが出すべき指示は一つ。
「死ぬな。一人一人の自己犠牲が、後になって足を引っ張る。わかったな?」
見える範囲で了解の合図を確認すると、タケルは手榴弾を投げた。爆発音を合図として、戦闘が始まる。先程までの静寂が嘘のようである。
(慣れませんね、人の上に立つのは)
敵を撃ちながら、ぼんやり、故人を想う。
(彼は、どんな思いで、この場に立っていたのでしょうね)
ハジメはタケルにとって最高の上司だった。唯一、タケルを『人間』として見てくれていた軍人である。一軍人としてはやや頼りなく思うところもあったが、人間としては素晴らしい男であった。彼のような人が増えれば、戦争などなくなるのではないかと思うほどに。
ハジメとタケルが出会ったのは四年前の夏のことだった。ハジメが二十八、タケルが十三の時である。『サムライ計画』の成功例として、各地で試用が行われていたタケル。だが、彼は当時十四歳。中学一年生である。訳もわからず戦場に立たされ、剰え、それらしい理由の下に体を暴かれていた。自分は道具である、と脳に刷り込まれていたものだから、そんな不条理も当たり前になっていた。
しかし、ハジメがタケルを道具として扱ったことはなかった。「人間は思っているより脆いから無理はするな」だの、「感情を殺すんじゃない」だの、叩き込まれたことの正反対の言葉をタケルに投げかけた。終いには、「彼は俺が貰います」と申請し、何があったのか、階級を一つ上げて戻ってきた。ハジメに引き取られたタケルは、他の『サムライ』たちと比べ、やや弱くなってしまった。感情を中途半端に覚えてしまったからである。一般人と比べても葛藤が多いタケルは、兵器としてはあまりに脆い。
それでも、そんなタケルを「それが
タケルは周囲を確認し、敵陣に乗り込んだ。昨日の武命の言葉が、彼を動かしていた。武命が紡いだ言葉は、上司からの最期のメッセージに思えた。上司が武命の体を借りて言ったのかというほどに、彼を
背後からは仲間の悲痛な叫び声が聞こえる。このままでは危ない。また多くの仲間を失うのは御免だ。タケルは懐の刀を素早く抜き、勢いを殺すことなく、戦場を駆け抜けた。風に乗る彼の口角は上がっている。血を全身で浴びてもなお進むその姿は、相変わらず人間と呼ぶにはあまりにも恐ろしいものだった。
タケルの振るう猛威に次々と敵の数が減っていく。しかし、相手も軍人。タケルに腹を斬りつけられた一人のとある兵士が、最期の抵抗として、近くの敵に鉛玉を打ち込んだ。それは、見事にタケルの仲間の腹を貫通する。腹部から流れる血は止まることを知らない。彼を真っ赤に染め上げる。一息つく間もなく、急いで彼の元に駆けつけると、タケルは、例の新薬を注射した。
「しばらく苦しいと思いますが……新たに開発された回復薬です。必ず助けます。辛抱を」
銃弾を受けた時よりも酷い悲鳴が上がる。その苦しみは体験しているからこそ理解できる。が、今はそんなことを言っていられない。仲間に死なれては困るのだ。彼の体が、ゆっくりと修復されていく。すると、彼は小さな声で思いも寄らない言葉を口にした。
「……バケモノ、め」
タケルは目を大きく見開き、そして、よくよく思い出した。自分が何者であるかを。
「こんな薬を開発して満足ですか。我々人間も兵器にすると。これのせいで俺は人間ではなくなってしまった」
体を起こし、彼はタケルの胸ぐらを掴む。
「何故見捨ててくれなかったのです!? 人でなくなるくらいなら死んだ方がマシです!! 俺はこんなゾンビみたいな生き方をするために軍人になったわけじゃない! 返せ、返せよ、俺の人生を! あぁ、ここが地獄か……!!」
彼の気が狂ってしまった理由をタケルは嫌でも理解してしまった。仲間たちがざわざわと話を始める。
「おい、あれがある限り死ねないのか……?」
「一生、戦場に立たされるのかよ……」
「死んでもまた生き返らせて、何度も何度も、俺たちは……」
「聞いてないぞ、そんなこと。そんなバケモノみたいな体にされて、これから、俺たちはどうやって生きていけば良いんだ……」
タケルにとっては当たり前だったからこそ気がつけなかった。新薬は有効的なものだと信じて疑わなかった。だが、冷静に考えてみろ。完全回復を果たす薬ということは、生存率の面では素晴らしいものだ。しかし心までは治らない。この長い戦いで疲弊した心に、死という救済を前に、その希望が打ち砕かれ、再び、体だけが万全な状態で戦地に送り込まれる。それを、『人間』だと、胸を張って言えるだろうか。
「殺せ、殺せ、殺せ。殺してくれ、人のまま。殺してくれ……頼む、から……」
懇願する仲間を前に、タケルは言葉を失った。長いこと弱々しく体を揺さぶられている。誰もそれを止める者はいない。ただ、タケルを白い目で見ている。
「やはり、『サムライ』は人間じゃないんだ。バケモノの下につくのは危険じゃないか?」
誰かが、小さく、遠くの方で呟いた。その時、タケルは、見えない手で首を絞められるような感覚に陥ったのであった。ぎりぎり、ぎりぎりと。
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