第13話
翌日、タケルは宣言通り戦場に向かった。「軍人ではない貴方を危険に晒すわけにはいかないので」と、彼は武命に留守番を頼み、少し寂しげな笑顔を残して家を出て行った。
残された武命は、再び、ミコトと二人きりで過ごすことになった。
「では、私たちは例の門? について考察してみましょうか」
全ての事情を兄から聞いたミコトは、机の上に地図を広げると、まず赤い丸のシールを住宅地に貼り付けた。
「兄の証言によると、貴方が兄と出会った場所はこちらになります」
「やっぱり、住宅地だったのか」
「……えぇ。民間人を巻き込まないというのが約束ですが、戦いが始まればそんなものは関係ありませんから。ここも、いつ戦場になるか」
「厄介なものだな、戦争って」
「まったくです」
ミコトは何も書かれていない紙を武命に渡すと
「貴方の世界の地図、書けますか? それから扉の形状も。なるべく情報が欲しいです」
武命は少し困惑の表情を見せたが、何度か空を仰ぎつつ、紙にいろいろと書き込み始めた。
日本地図と、武命の住む県の地図、そして、葬式を行った山の地図を描いた後、例の扉の絵をさらさらと描き上げた。横に、葬式を行った日時を添えて。
「あら? 日付が違いますね」
「そうなのか? 今日は何日だ」
「十月十日です」
「確かに妙だな。葬式は十月二十二日。計算が合わない」
「それに、我が国の地図も違います。我が国は、こんなに大きくありませんよ」
「これも違うのか。まぁ、知らない人がいるのだから当然か。必ずしも同じ場所に同じ人物がいるわけではないと」
「兄の友人と、貴方の友人は違うわけですね。でも、家族構成は同じと」
「そもそも、本当に命がリンクしているのなら俺の世界での死者数はもっと多いはずなんだがなぁ」
「しかし、母は同じタイミングで失っているのでしょう? これを偶然と呼ぶにはあまりにも無理がありませんか? 兄の考察は正しいかと思いますが……」
「……ダメだ、さっぱりわからん」
頭を抱え、ペンを放り投げる武命。一方、彼女はしばらく考え込むと、こんな考察をした。
「この世界が精神世界だったとしたら? この世界で死んだ人間は、死ぬか、廃人になるか。だとすれば説明はつきます。敵が人間の形をした負の感情なら尚更。或いは貴方の世界が我々の作り出した幻想の世界。貴方がこちらの世界に引き寄せられたのは、兄の思い描く理想の類が不安定になったから。こちらでも、十分に納得できます」
その言葉に武命は急に恐ろしさを思い出した。自分が偽物でも、タケルが偽物でも、どちらも嫌だった。武命には武命の生きた証がある。彼にも彼の生きた証がある。そう信じたかった。
「どちらにしろ、どちらでもないにしろ、問題はそちらとこちらが何処にどうやって繋がっているかです」
ミコトは至って冷静に、改めて本題に戻す。
「入り口がある以上、出口もあります。しかし、扉の発現の条件が皆目見当もつきません」
「心当たりは?」と聞かれても武命にもわからない。
「あの時は、本当に気がつけばって感じだったから。死にたくて、死にたくて、ぼーっと山を歩いていたら、滑って転んで門の前に」
あの日、武命の意識はなかったと言っても過言ではない。運命の導くまま、ここにいる。彼が「ここに来たい」と願ったわけではない。思いつく『可能性』とやらは、元よりゼロだった。
「……安直ですが、死にたくてこちらの世界に来たのなら、生きたいと思うようになれば帰ることができるのでは?」
本当に安直だが、今はそれしか考えられない。とはいえ、武命には引っかかるものがある。
「しかし、俺は既に『生きたい』と思い始めているぞ。あいつに会ってから、心が軽くなったというか……もう少し生きても良いかなって、思えるようになった」
仮にその原理だったとして、武命は戦乱の世の中で本物の『死』を目の当たりにして、願っていたものを恐れるようになった。それだけではない。タケルの戦う姿を見て、自分を情けないと思い始めていたのだ。自分より何十倍も酷い目に遭っている彼だが、それでも、前を向いて戦い続けている。そんな彼の生きる姿は、目が眩むほど美しいと思えた。故に、自分と照らし合わせて「負けてはいられない」という気持ちがいつしか芽生えていた。
「まだ、『生きたい』わけではないんですね。『生きても良い』であって、貴方の心の奥底にある『死にたい』気持ちは消えていない」
武命は静かに下を向く。ミコトの言うことは、正しかった。生きたいけど、死にたい。そんな矛盾を抱えているのが現状である。
「何も恥じることはありません。兄もよく同じような状態に
ミコトは口の前で手を組むと、机に肘をついて言う。
「もしかしたら、戦地に立てば、その気持ちは強くなるかもしれません。命に関わるからこそですが、死んでしまえば終わりです。帰りたいと心から願うなら、兄と共に戦場へ行くのはどうでしょう? 試す価値はあるかと」
真剣なその瞳に、武命は貫かれた。彼女の言うことが全て正しいように聞こえてくる。彼女の姿を見る度に、彼女の声を聞く度に、武命は妹を重ねていた。その度に、妹を一人にしている不安が募る。「一刻も早く、自分の世界に帰らなければ」という思いが、彼を急かした。
「わかった、戦場に行く。連れて行ってくれ」
迷いのない武命を見て、ミコトは微笑む。
「どうせまた長い戦いになります。慌てずとも、必ず、戦地に赴くことはできますよ。心の準備ができたらで構いませんが、兄との合流はいつにしましょう?」
「今すぐに……と言いたいところだが、一日で良い、時間をくれ」
「わかりました。では、明日のこの時間、十時三十分頃でよろしいでしょうか」
「あぁ。ありがとう」
武命はそう言い残すと、タケルの部屋へと足を向けた。
その手には、一本の鉛筆が握られていた。
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