第11話
後日、今度は武命とタケルの二人で、仲良く村を出た。道案内と護衛を兼ねている。道行く人は、かの有名なタケルが二人もいる、と噂をしていたが、そんなことも気にせずに、二人は遠くへ、遠くへと歩を進めた。まるで逃避行のようだった。
「小説の世界と同じであれば、似たような山に行けば、もう一つの世界に通じる門を見つけることができるのですが……」
「まぁ、上手くいかないだろうな。これでもし上手くいったら笑っちまうぜ」
「あはは。まぁ期待せずに行ってみましょう」
「だな」
鳥たちが二人のことを噂する。無数の葉の隙間から垣間見える太陽の光が、きらきらと輝いている。風の導くままに進んでいけば、一つ目の山に辿り着く。
「ここは空気が綺麗ですね」
タケルは嬉しそうに笑いながら言う。普段は、硝煙の立つ戦地にいるのだ。自然ならではの、山の匂いというのは美味しいものに思えた。
「そうだな。俺も嫌いじゃない」
やや田舎の方に暮らす武命もまた、同じように自然を好いていた。バスは一時間に一本あれば良い方、最寄りの駅には自転車で二十分、当然新幹線は通っていない。徒歩三十分で、近くのコンビニに行く。地域の人々で畑で採れたものを物々交換するような場所。なんとも不便な町である。しかし、そこで唯一、誇れることは『自然』だった。自然が創り出す『美』は言葉に表すことが難しいほどである。
「今だけは、自分が自分でいられるような気がします」
不意に呟かれた一言に、武命は瞬時
「あぁ、ぜひそうしてくれ。ここには俺とお前しかいない。今だけは、ありのままの、お前でいれば良い」
タケルは何も言わずに笑みを浮かべると、紅葉を一枚、手に取った。
「……紅葉、好きなのか?」
武命の問いに、タケルは首を振る。
「嫌いです」
言葉の意味とは裏腹に、彼の答えは明るい声で放たれる。武命は目を丸くして、「何故?」と問いを重ねた。
「気持ち悪いじゃないですか」
タケルは、手の中の小さな紅葉をクルクル回転させながら言った。
「青い日々を過ぎれば、劣化して黄色く濁り、いつかはその手を赤く染め、二度と元には戻れない。汚れたまま朽ちていくのです。まるで我々みたいではありませんか」
「同族嫌悪ってやつですよ」と
「生まれたことは奇跡ですが、死ぬことは約束されていて、私たちは明日に怯えながら生きている」
タケルはため息混じりに「うんざりです。こんな世界も、臆病な自分も」と弱音を吐いた。
「なら、一緒に死んでしまおうか」
風に攫われてしまいそうな彼に、武命は平然とした様子で提案する。
「今だけは、何もかも捨ててしまおう」
何も本気で命を断つつもりはなかった。タケルには愛する家族が、守るべき婚約者が、大切な仲間がいる。そんな彼を道連れにしようなどと思ってはいない。しかし、弱音を吐く彼の心を認めてあげたいと思っていた。きっと、自分と変わらないのだ。消えたいと思うことも、その心を否定され続けてきたことも、全て。
「模擬心中。世界から逃げて、共犯になって、死んだつもりになろう。例え俺たちがいても、いなくても、世界は回る。たった少しくらい、逃げても許されるさ。誰も気づかない」
武命は紅葉を拾い集めると、タケルを押し倒し
「大人びたお前にとっては子どものお遊びかもしれないけどさ。付き合ってくれよ」
悲しい笑顔と共に、紅葉を天高く解き放った。重力に身を委ね、紅葉は太陽の光を浴びながら地に落ちていく。武命はそれよりも早くタケルに覆い被さると、庇うようにして背中で紅葉を受け止めた。丁度、二人を、赤い手が地に引き摺り下ろそうとするようにして紅葉は落ちる。動かずに目を閉ざす二人は、本当に死んでいると勘違いしそうなほどに静かで、安らかな顔をしていた。
「あの」
長い沈黙を破ったのは、タケルだった。
「貴方は、死にませんよね」
縋るように、震えた声で言う彼に対し、武命はまさか「死にたい」と言えるはずもなく
「お前が死んでいないことが生きている証拠、なんだろう?」
「お前が生きている限りは死なない」と、目を逸らしたままに言った。彼の望む答えを与えてやれなかった代わりに、とびきり優しい抱擁を交わす。きゅっ、と伝わる温もりを全身で受けると、タケルは涙を浮かべつつも笑った。
「あぁ、死にたくありません……でも、消えてしまいたい……」
タケルの悲痛な嘆きが、木霊する。死にたいと願う武命にとって、彼の
(タケルが俺の世界の住人なら、きっと幸せに生きられただろうに)
武命はどうすることもできないことをぼんやりと考えながら、自分の腕の中で苦しむ男の幸福を願っていた。
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