第8話

 「異常なし、か」


不満げに呟かれた言葉に、タケルはほっと息をついた。


「頑丈だな。流石は兵器」

「だが、惜しいな。これを機に回復薬の試験がしたかったが」

「回復なしで戦えるように作ったからな。仕方ない」


こういう時、頑丈で良かったと思う。しかし、


「まぁ、どうせ治るから良いだろう。実験するだけしてみようか」


前言撤回、己の頑丈さが憎い。タケルは必死に逃げようと抵抗するが、何分なにぶん、拘束されている上から更に押さえ付けられている。流石に、彼でもどうしようもなかった。狭められた視界の隅でキラリと銀色に光るものが見え、タケルはヒュッと息を詰まらせる。何も痛覚がだけで、ないわけではない。視界が涙でにじむ。次に来るであろう痛みに備えて目をぎゅっとつぶる。が、瞑った瞬間に目は見開かれた。文字通り、腹を貫かれたのだ。想像を絶する痛みに、声も出せない。ドクドクと脳に響く音を立てながら血が抜けていくのを感じる。死を呼ぶように、次第に体温も奪われていく。


「よし。おい、早く投与しろ。これでコイツが死んだら殺されるのは俺たちだぞ」


悶え苦しむタケルを気遣うことなく、研究員の男は他の二人に指示を出す。彼らは急いで回復薬とやらをタケルに注射し、メモの準備をした。

 じわりと患部が熱を持つ。激しい痛みを伴いながらも、どういう仕組みなのだろうか、確実に傷が癒えていく。ヒュー、ヒュー、と喉を鳴らしながら、タケルはぐったりと四肢を投げた。それを見て研究員たちは歓喜する。


「成功だ! 遂に完成したぞ!」


死にかけているタケルには目もくれず、彼らは「成功だ、成功だ」と声高らかに踊っていた。タケルは、彼らの声を煩わしく思いながらも、ぼんやり、天井を見上げていた。


 ようやく帰ることができる。不幸中の幸いというべきか、傷跡が残ることはなかった。薬の効果だろうか。これなら、ミコトや武命たちに心配をかけることはないだろう。帰りが随分と遅くなってしまったことへの上手い誤魔化し方を考え、拘束具の鍵が開けられるのを待つ。


 しかし、いくら待っても解放されない。嫌な予感がして彼らを横目で見てみれば、何やら、顔を寄せ合いながら、ひそひそ話している。


「お前も、わかっているよな?」


上から降ってきた言葉に、タケルは硬直した。予測できていなかったわけではないが、実際に最悪のケースが起きると戸惑う。


「お前は違うかもしれないが、俺たちはなぁ」

「研究していると溜まるんだよな」

「このご時世、いつ死ぬかもわからないしな。こんなチャンス、逃すはずないよなぁ」


タケルは顔を青白くさせながら、ガチャガチャと激しく音を掻き鳴らし、力の限り抵抗した。これ以上は壊れてしまう。必死に抵抗するが、その抵抗は虚しく、拘束具はびくともしない。タケルの抵抗を物ともせず、男たちは服を剥いでいく。

 剥き出しになった真っ白な肌に触れる大きな華奢な手が、タケルには化け物のもののように見えた。男の荒い息が頭の中で幾度となく反響する。恐怖と嫌悪だけが胸の中でうごめいている。タケルは、襲い来る数多の感覚に喘ぎながら、時が解決すると信じ、ひたすら耐えていた。


 そこから先は覚えていない。気がつけば体がぐちゃぐちゃになっていて、拘束具が外された状態で放置されていた。重い体を起こすと、体に残る不快感を捕まえてしまい、嘔吐する。目に溜まっていた雫を拭うと、タケルは鏡を覗き込んだ。酷い顔である。頬、首、腕、腹、足。至る所に赤や青や紫など、痣が散りばめられていた。上から下へと順に痣になった部分を手でそっと優しくなぞる。随分と広く感じる研究所に、タケルの乾いた笑いがこだました。そして自分の笑い声で先の出来事がフラッシュバックすると、タケルはもう一度、嘔吐した。


 シャワーを浴び、自分の服に着替えて、外に出る。肉体的にも精神的にも疲弊していた彼の足取りは重く、しかしその身は風で飛ばされてしまいそうな様子だった。

 すっかり闇に染まった村には、月明かりすらない。自分だけを信じ、光のある方へと進む他なかった。

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