第3話

 武命と別れ、戦場に向かったタケルが第一におこなったことは人殺しだった。そこに、躊躇ためらいはない。


「応援が来るまで、どれくらいですか」


タケルは銃声が鳴り響く中、上司に問う。


「連絡したが、返事がない。覚悟はしておけ」


それを聞いて真っ先に思ったことは「またか」だった。戦況は、未だ不利。送ったSOSが届くことはない。本部も余裕がない、ということは十分承知しているが、それにしても、防御を主とする地方部隊に対する扱いは酷かった。


「どれくらい余っていますか?」


近くで爆発が起き、声が掻き消されそうなる。が、上司はしっかりとタケルの口元を見ていたらしく、


「ざっと二百人だ」


銃を構えながら答えた。タケルも同様にして、弾を詰め替え、銃を構える。


(彼が自殺をしなければ、私は生き残れる……いや、今は逆か。私が死ねば、彼は……)


邪念が手元を狂わせる。本来なら、多くの人を殺すタケルの銃は、盾に当たるばかりで標的に届かない。それを見てようやく、タケルは自分の心が揺らいでいることに気がついた。私情を戦場に持ってくるなど、言語道断。とにかく、今は敵を殺さなければならない。


「……刀、使っても良いですか?」


唐突なタケルの一言に、上司は目を丸くした。


「この中でか?!」

「えぇ。私の力は本来、こちらで発揮されますから」

「絶対に死なない保証がない限りはダメだ! ただでさえ、多くの犠牲を出した。これ以上、数が減っても困る」

「そうならないための私でしょうに」


タケルは自分の存在意義をよく理解していた。死ぬために生かされている命。人を殺すように仕組まれた体。


 『サムライ計画』


 タケルはその実験体の一人だった。内容は、昔の屈強な戦士・サムライのような人間を作ること。綺麗事をなくして言えば、普通の人間を殺戮兵器に変える計画だった。タケルは、自ら志願したのかというと、そうではない。適性の審査が行われたうえで、成功率の高いと見込みが出た人間は強制的に実験体になった。

 何をされたのかは、ある程度、想像ができるだろう。正体の明かされていない薬品を体内に入れられ、寝込み、肉体を鍛えられ、寝込み、精神を鍛えられ、寝込み、薬品を入れられ……を繰り返した。おかげで何人もの人間が、自国に殺された。生き残ったのは、二千人中、わずか十二名。そのうちの一人がタケルである。

 この十二人には共通点がある。戦闘力が高いことはもちろんだが、それ以上に特徴的であることは、『刀』を扱うことにより、真の実力を発揮すること。銃と剣では、銃の方が強いように思える。古の戦士たちでさえ、終いには銃を手に取った。しかし、彼ら『サムライ』は刀を最大の武器とする。彼らの本気の姿を見た者は皆、「まるで鬼のようだ」と口を揃えて語る。痛覚を鈍らせている彼らは、銃弾を受けても敵を直接斬り殺しにかかる。まさに、死んでも主のために戦う侍。敵にとっても味方にとっても非人道的な殺戮兵器だった。


 なかなか決断できない上司をタケルは睨む。ここで決断を誤れば、それこそ多くの味方の命は消し飛ぶ。優しくはいられなかった。タケルからの刺すような視線に、上司はヒッと小さく悲鳴を漏らして


「わ、わかった。無理して死ぬなよ。絶対に、終わったら回収に来るから。連絡を忘れるな。良いか? 命令だぞ?」


不器用な父親のようなセリフと共に、そそくさと、逃げるように仲間を引き連れて撤退した。

 戦場にいるのは、敵とタケルのみ。タケルは腰の刀に手をかけると、深く息を吸い込んだ。止まない銃声。燃え盛る炎。戦場にある悲劇の全てが、タケルを鬼へと変えるための糧。


(彼を待つ人のためにも、まだ、生きなければなりません)


そう自分に言い聞かせ、タケルは敵の陣地へと飛び出した。

 敵の叫び声が、上がっては消え、上がっては消えていく。始めは絶えず鳴り響いていた銃声が、少しずつ減っていく。敵の大将と思われる人物から「撤退ー!!」という指示が上がるとバタバタバタッと、足早に戦線から離脱した。タケルは後を追うが、どうも避けられる上に、体力を消耗するばかりだったため、「これ以上は効率が悪い」と、早々に諦めて上司に連絡を入れた。


 連絡を受けて駆けつけた上司は、血に染まるタケルを見て、ヒュッと息を詰まらせた。全て返り血だった。血の雨に打たれ、髪からは赤い雫が垂れている。今でもまだ、ぴちゃりと音を立てて、足元に血の池を広げている。それでもタケルは平然としていた。これではバケモノと呼ばれても仕方ない。一瞬でも彼はそう思ってしまった。彼は「まったく、我が国も子どもに胸糞悪いことをする」と、心の中で自国に対し嫌悪を向けると、タケルを担いで、仲間の元へ急いだ。

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