第27話
圧倒的じゃねえか。
魔獣たちは一瞬で無力化。
鬼王が苛立たしげな顔で足元に唾を吐くと、地面に散らばっていた砂色の毛束に飛んでいった。
彼女の足元は一面朱色に染まっていて、ぬかるんだ泥を踏みつけるような生々しい音が響いている。
ぶっちゃけ絵面がやばすぎて、胃の中のものが出てしまいそうになった俺は慌てて口を抑えた。
「どうだ龍翔崎? 俺の指導した三バカは規格外だろう?」
青ざめている俺に、満足げな顔を向けてくる鳳凰院。
あの絵面を見ても冷静さを保ってるこいつのメンタルはどうなってやがる? 顔面踏み潰されたテイアマットの頭が爆散する瞬間を見てただろ?
しかも鬼王のやつ、相当腹が立ってたのか爆散した脳みそだかなんだかわからん物体をヌチャヌチャと踏みまくってて……
思い出しただけで吐きそうになっちまう。
それはともかく、アイツらはたしかにかなり強かったかもしれないが、俺が指導したあいつらだって負けていない。
「確かに鬼王たちは規格外だな。 能力うまく使うだけであんなに強くなるとはよ。 けどな、俺の根性トレーニングを乗り切ったラディレンたちも負けてねえぜ?」
ここに進軍してくるまでの間に、俺はラディレンと冒険者四人に戦い方をみっちり教えてきた。
やっていたのは一対一の組手。
それぞれに時間を用意し、俺に攻撃を当てられた奴が勝ち。
騙し討ちしようと、卑怯な手を使おうと、魔法を使おうが関係なしに、全員俺に攻撃を当てようと必死に戦っていた。
俺の思っていた強さとは別のベクトルに突っ走っちまったが、あいつらも正真正銘の化け物になった。
なんせ元々あいつらは筋が良かったからな。
「見てみろよ鳳凰院、ラディレンのやつ……スイッチ入っちまったぜ?」
魔王に改造され、人造魔獣になっちまった自分の父親とタイマン張ってるラディレン。
鳳凰院はラディレンの戦いを見ながら鼻を鳴らした。
「なんでこいつの、あんな頭が悪そうな指導でああなったんだ?」
頬を引きつらせる鳳凰院。
こいつが表情に出すなど、相当驚いてる時しかない。
ぶっちゃけ俺もビビってる。
ラディレンだけじゃない、フェイターたち四人も何故か強くなりすぎちまった。
能力も強いからこそ、強くなったあいつらの戦闘スタイルはヤバいほどブッ刺さる。
けれどあいつらが強くなった理由は能力を工夫して使ったからじゃない。
あいつら自身の潜在能力が、元々ずば抜けていただけだったんだ。
というか、ぶっちゃけ俺の何気ない動きや言葉を超解釈しただけだろうが……
卍
ラディレンの父、ファーヴニルは龍角族火龍科の中で最も強いとされていた。
龍角族は大陸最強と言われていて、身体能力や魔力総量が普通の者と桁違い。
五種類いる龍角族の中でも、火龍科は最も戦いに慣れた戦闘特化の龍。
魔王に狙われた理由は強すぎるため、その一点に尽きる。
ラディレンの一族が魔王の策略で滅ぼされ、ファーヴニルは命を落とした。
記憶を操作された同族たちを必死に止めようと尽力したが、強すぎる仲間たちの同士討ちを止めることができなかったのだ。
命を落としたファーヴニルは死体を魔王に利用され、人造魔獣となってしまった。
そして今、虚ろな瞳のファーヴニルが、魔王の命令に従い実の娘を始末しようと拳を振り上げる。
ラディレンの小さな体に、ファーヴニルの部分獣化した拳が振り落とされた。
しかし彼女は、顔色ひとつ変えずにその巨岩の如き拳を片手で弾く。
「バカな! 貴様の父は龍角族火龍科の頂点だぞ! その拳をそんな細枝のような腕でいなしたというのか!」
その滑らかな所作に驚愕した魔王が、信じられないものを見たような視線を向ける。
視線を浴びたラディレンは、スッと息を吸いゆっくりと瞳を閉じた。
「龍翔崎様は
普段とは違う言葉遣いで、静かだが遠くまで響き渡る過重な声音で説き始める。
「妾には気合が足りぬと」
隙だらけのラディレンに、人造魔獣にされたファーブニルの鉄をも砕くとされていた拳が振り落とされる。
だが、ファーヴニルの拳は目にも止まらぬ速さで叩き落とされた。
「妾には根性が足りぬと」
構わず言葉を続けるラディレンに、ファーヴニルの拳が再三に渡り降り注ぐが、全て彼女を避けるように弾き落とされる。
そして、変わらず瞳を閉じたまま言葉を続けていたラディレンが、ゆっくりと瞳を開く。
「拳に、魂を込めろと!」
落雷のような音とともに、宙を舞っていくファーヴニルを見て、魔王は全身から汗を噴き出した。
動きが早すぎて、ラディレンが何をしたのかが全く見えなかったのだ。
「なぜ? 攻撃が当たらない? なぜ、こやつが吹き飛ばされておる?」
「魔王よ。 龍角族が最強であると言ったな。 何故じゃ?」
ラディレンの問いかけに答えず、無言で後ずさる魔王。
「わからぬか。 無理もないであろう。 妾も龍翔崎様に教えを乞うまでてんでわかっておらんかった」
ラディレンは重心を落とし、両手を軽く握って山のようにずっしりとした構えをとる。
「龍角族が大陸最強だから、妾は自分が強いと認識しておった。 それがまず間違いじゃ。 龍角族だから最強なのではない。
———龍角族であるからこそ、妾は最強にならねばならん!」
可視化できるほどの力の奔流が、ラディレンから噴水のように溢れ出す。
「妾は気合が足らなかったのじゃ。 龍角族だから強いと思っておった妾には。 龍角族である事の誇りを忘れておったのじゃ」
一歩も動いていないにも関わらず、ラディレンの立っている周囲の岩盤が悲鳴を上げるように震え始める。
「根性がなかったのじゃ。 最強であり続けるための努力を怠っておった。 半端な覚悟で龍角族は大陸最強などとほざいておった!」
ラディレンを中心に、岩盤に大きなヒビが入る。
もちろん彼女は一歩も動いていない。
ただ構えながら、自らに秘められた力を一箇所に収束しているだけ。
「拳に魂が
ラディレンが肘を思い切り引き、動足を大きく一歩踏み出す。
踏み出した足は地面にめりこみ、砕けた岩盤が空中に霧散する。
可視化できてしまうほどの闘魂、気迫、力の奔流。
魔王は苦虫を噛み潰したような顔でジリジリと後ろに下がった。
それを見て、悟りを開いたような力強い瞳を向けるラディレン。
「来ないのか? ならば妾が打って出るまで。 貴様のはらわたに、大陸最強の龍角族である誇りを刻んでやろう」
「何を寝ている! 早く奴を殺せ! 自分の娘であろう!」
慌てて寝ていたファーヴニルに声をかける魔王。
「最後に龍翔崎様は妾にこう教えを説いた。 必殺技を作るのはどうか? とな。 この数日間、その言葉の意味を考え続け、ようやく答えに辿り着いたのじゃ!」
ファーヴニルがむくりと起き上がり、ラディレンに視線を送った。
だがラディレンは既に魔王に肉薄している。
驚きながらも後ろに下がり、金杖を振りかざす魔王。
「ヨタ・ドライ・ヴァント!」
魔王の目の前に三重の透明な障壁が生成されるが……
「破ッ!」
ラディレンの気迫のこもった咆哮と共に正拳突きが放たれると、魔王が張った障壁は粉々に粉砕した。
あたり一体に強風が吹き
「嘘だ! ヨタ程の容量を使った障壁を、素手で壊せるはずないであろう!」
魔王の金杖が淡く光ると、寝ていたファーブニルが巨岩のような拳をラディレンに向けて放った。
ラディレンはその拳を流れるような動きで弾き飛ばし、再度肘を引く。
「必殺技、すなわち必ず殺す技という意味じゃ。 それは妾が最強になるために必要なもの。 妾はあらゆる思考を巡らせて、たどり着いた答えは単純であった」
バランスを崩したファーブニルに、ラディレンは鬼神の如き視線を送る。
「妾そのものが、必殺の存在となること。 妾の繰り出す全ての技が、必殺の拳へと至ること! すなわちそれこそが最強の証!」
ラディレンから洗練された闘気が溢れ出る。
その心臓を砕くような闘気に当てられ、ファーブニルは本能的に距離を取った。
「父よ! 妾は今! あなたを超え! 最強へと至りましょう! じゃから安らかに眠るのじゃ! そこのクズに操られておるあなたを! 妾の一撃で
ラディレンの放った正拳突きが空気を切り裂き、距離をとっていたはずだったファーヴニルの腹に大穴を開ける。
その光景を見て、顎が外れんばかりに驚愕する魔王。
凄まじい威力の正拳突きは空気をも切り裂き、離れていたはずのファーブニルに衝撃波となって放たれた。
直撃していないにも関わらず、硬い鱗に守られたいたはずのファーブニルの腹に、大穴を開けてしまうほどの威力。
ラディレンは龍角族のため、並外れた身体能力と魔力を持っている。
幼い彼女でも、その力量は普通の者たちよりも遥かに多い。
今までラディレンはその身体能力と魔力をバランスよく体に巡らせて戦っていた。
龍角族は元々が強いため、それでも他の部族を圧倒できるのだ。
だがそれが通用するのは龍角族以外の他部族のみ。
生きた年月が違う龍角族相手にはもちろん通用しないはずだった。
故に今のラディレンは、その真逆と言える力の使い方をした。
全神経を拳一つに込めて放たれる正拳突きは、あらゆる装甲も魔法で作られた障壁すらも砕いてしまう。
まさに破壊の化身。
その拳はまさに、絶対に防ぐことができない必殺の拳。
龍角族だからこそ放つことができる、理不尽なまで研ぎ澄まされた圧倒的な暴力。
さらに、ラディレンの固有能力は硬化だ。 その効果の能力を衝撃が伝わると同時に最大限発揮してしまえば、最硬度の拳が底しれぬ潜在能力と掛け算になって襲いかかる。
自らの防御を捨て拳を放つ瞬間、自身に秘められた全ての力を拳に込めることで、成人していない龍角族にも関わらず、理不尽なまでの強さを発揮することができたのだ。
これこそまさに、最強の拳。 相手を必ず滅殺する必殺の一撃。
地に伏せたファーブニルを見て、震えながら後ずさる魔王。
ラディレンは大きく息を吸いながら、ゆっくりと構えを取り直す。
すると底冷えしてしまいそうな殺意を込めた、目つきだけで射殺さんとする眼光で魔王を直視した。
「さて、魔王ライルフト。 準備運動も終わったのじゃが? おぬしは一体、いつ本気を出すのじゃ?」
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